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No.9 - 2
馬名登録のルールをめぐる様々な逸話(イギリス)【開催・運営】
2017年09月20日

 とうとう夢がかなった。あなたは馬を買ったのだ。セリで物色して、キラキラ光る目の1歳馬を選んだ。その馬はピカピカの馬体と偉大な馬のオーラを持つ。勝負服をデザインし、預託する厩舎、騎乗を依頼する騎手を決めた。そして、とても重要な手続きが残った。馬名登録である。

 これは馬主にとって、馬を所有する上で最も満足感が得られることの1つとなるだろう。勝負服は、馬主の色の旗を掲げるようなものなのかもしれない。一方、馬名登録は、その馬を一瞬にして将来のチャンピオンにすると同時にかわいいペットにもしてしまうので、馬と馬主をずっと強く結びつける。

 ゴール板で自分の馬を大声で呼ぶのを夢見たことのある賭事客は皆、馬にどのような名前を付けようか思いを巡らせたことがあるだろう。個人的な意味が込められた馬名、後世に残るだろう偉大な馬名、ただ単に響きの良い馬名。

 しかし、競馬界の他のすべてのことと同様に、馬名登録手続きは、一連の複雑なルールに支配されている。馬名審査員たちは日々、単にインスピレーションを受けて付けた馬名、問題のある馬名、全く品のない馬名を取捨選択するために、勤務時間を費やしている。その馬名が競馬場で呼ばれても差し障りがないかどうか決定するのである。

有名人にちなんだ馬名

 実在の人物にちなんだ馬名を付けるつもりであれば、再考が必要となるかもしれない。

 最近、南アフリカの馬主が所有馬に"プレジデントトランプ(President Trump)"と名付けた話は瞬く間に広まり、競馬界を楽しませた。その馬は、とてもうるさく横柄ですごく頑固だったために去勢しなければならなかったのである。

 南アフリカの競馬当局は、この馬名には問題があると即座に判断した。その馬がホワイトハウスの住人に不思議なほど似ていると、多くの人々が注目したためであろう。競馬当局はその馬主に馬名を変更するよう求めた(そして彼らは"フェイクニュース"という馬名を選んだ)。

 しかし、英国やアイルランドの馬主が同じ馬名を登録しようとすれば、ドナルド・トランプ氏がその名前を使用することを直々に許可しないかぎり、目的を達成することはできない。

 BHA(英国競馬統轄機構)の代理として馬名登録を請け負うウェザビーズ社(Weatherbys)の馬名登録部長のマイク・バッツ(Mike Butts)氏はこう説明した。「馬主が、存命する人物、亡くなって50年経たない人物にちなんだ馬名を付けようとするならば、その人物またはその遺族から許可をもらうことを試みます」。

 したがって、あなたが今度有名人と同名の馬を見掛けた際には、その馬名は予想紙に掲載される許可を本人から直々に得ているということである。さらに、クレメントアトリー(Clement Attlee)やチェゲバラ(Che Guevara)という名前の馬がもうすぐデビューするかもしれないことに注目したい。なぜなら、この2人は50年前に亡くなったからである。

 複数の理由のために、登録されない馬名もある。2015年にローラブッシュ(Laura Bush)という馬名が申請されたが受理されなかった。この馬主は、米国の元ファーストレディに本当に敬意を示したかったのだろうか?それとも何か他に意図があったのだろうか?

下品な馬名

2015年に却下された馬名には次のようなものがあった。

・ベンドーヴァー(Ben Dover)[身を屈めるという意。実在のポルノ男優の名前でもある]

・ビッガスディカス(Biggus Dickus)[古代ローマの軍団長。Dickは男性局部を示す]

・ペニートレーション(Penny Tration)[実在の女装家の名前]

・オフェリアボールズ(Ophelia Balls)[実在の女装家の名前]

・ホーリーフック(Ho Lee Fook)[Holy Fuckをもじった名前]

・イーレックスショーン(E Rex Sean)[Erectionをもじった名前]

・ソーファキングファースト(Sofa King Fast)[So Fucking Fastをもじった名前]

 これらはすべて、「馬名は暗示的であったり、下品・卑猥・侮辱的な意味を持ってはならない」とするルールに違反している。

 ある種の馬主にとって、飛行機の手荷物検査のように馬名審査員の目をごまかして際どい馬名をこっそりつけようとすることは、スポーツの一部になっている。ウェザビーズ社はこれに対応するために、小学生が知ってそうな"性的意味を持つスラング"や"罵り言葉"を察知する特殊な技能を磨いた。

 バッツ氏はこう語った。「インターネットはかなり役立ちます。『アーバンディクショナリー(Urban Dictionary)』というウェブサイトを利用しています。ひと癖ある馬名が申請されて来ればそこで調べます。とは言え、申請してきた馬主とは話しづらくなるかもしれません。なぜなら、彼らがそのフレーズの意味を知っているのか、意図的ではないのか、分からないからです」。

 「"ノーフォーク(Norfolk)[fuckと発音が似ている]"から始まる馬名が申請されてきたら、即座に身構えてしまいます。申請者には"しばらくお待ちください"と答えます」。

政治的な馬名

 ルールは、「宗教や民族、政治的意見を持つグループに対して攻撃的な馬名は認められない」と定めている。2013年に馬主のマイケル・カー-ディニーン(Michael Kerr-Dineen)氏が"ゲイマリッジ(Gay Marriage)"という馬名を申請した時、このルールはBHAをひどい目に遭わせた。

 この馬名は当初、政治的配慮から却下された。しかしその後、同性婚が合法化されることになり、BHAは競馬界以外からの反発に直面したことから、直ちに却下を撤回してこの馬名を承認した。

 その当時インタビューを受けたカー-ディニーン氏はこう語った。「以前、微妙な馬名を申請したことがありました。そして、『あなたは競馬の評判を落とそうとしていますが、競馬界は一丸となって信頼を構築しようと努力しています』という手紙を受け取りました。いずれにせよ、つまらない対応です」。

 「微妙でも承認された馬名もあります。その中で一番の例は、"クラップ(Clap)[淋病という意味もある]"という名の牝馬(父ロイヤルアプローズ 母ディヴァステイティッド)です。しかし、私たちは実際に際どい意味でその馬名を申請したわけではありませんでした」。

他の馬にちなんだ馬名

 登録中であったり、最近使われたばかりであったり、保護馬名一覧に入っている馬名が、常に合計25万もある。そのため率直なところ、付けられる馬名は限定されている(だから、"セクレタリアト"とか"ダンシングブレーヴ"といった馬名は諦めてほしい)。

 馬名はスペースを含め18文字に限定されている。アポストロフィ以外の句読点は使うことができない。また7音節以上になってはならない。これらのルールは、少なくともある程度は、実況者を不眠症にさせないようにするという配慮もあるようだ。

審査の網をくぐり抜けて登録された馬名

 ウェザビーズ社の馬名審査チームが、アーバンディクショナリーや不正を見破るための研ぎ澄まされた直感を持っていたとしても、誰かがルールの裏をかこうとするのを完全に防ぐことはできない。毎年1万2,000〜1万3,000の馬名が登録されているのだから、いくつかの馬名は審査の網をくぐり抜けてしまっても不思議ではない。

 そのようにして、とても際どい馬名が登録されることもあるが、正直に言うと、そういった馬名がすべて審査で却下されるとすれば、競馬はずっと味気ないスポーツとなるだろう。

By Tom Kerr

[Racing Post 2017年8月24日「The art, rules and rudeness of naming racehorses」]



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