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TOPページ > 海外競馬情報 > 米国競馬界を茫然とさせた名馬の敗北(アメリカ)【その他】
海外競馬情報
2017年08月20日  - No.8 - 4

米国競馬界を茫然とさせた名馬の敗北(アメリカ)【その他】


 夏休みと偉大なチャンピオン馬には関連性があるのだろうか?アロゲート(Arrogate)がデルマー競馬場で衝撃的な惨敗を喫した以前の名馬の敗戦リストにおいても、そのいくつかの敗戦は競馬メディアが昔から"荒れやすいシーズン"としている夏に起こった。驚くべきことに、ここに挙げた6頭の名馬のうち5頭が8月に負けている。ただ、三冠競走が馬を大きく消耗させるかもしれないことや、米国で最も権威ある開催地とされるサラトガ競馬場とデルマー競馬場がどちらも夏の間に米国の最高級馬を引き付けるレースを施行していること考えると、あまり驚くべきことではないかもしれない。

マンノウォー(Man o' War)-サンフォードS(1919年8月 サラトガ競馬場)

 『ブラッドホース誌 20世紀の競走馬トップ100』で1位となった伝説の馬マンノウォーは、生涯において21戦したうち唯一1敗を喫した。2歳限定のサンフォードSにおいて、マンノウォーはスタートで勢いがつかず、アップセット(Upset)に首差で敗れた。なお、このレースでマンノウォーはアップセットよりも15ポンド(約6.8kg)上回る重量を背負っていた。少なくともその50年前には「覆す」という意味で使われていた"アップセット"が、現在スポーツにおいて「予想に反して打ち負かす」という意味で使われているのは、この勝馬に由来していると競馬界では広く信じられている。マンノウォーは、2歳時にこの敗戦以外では9勝を挙げ、そのうち6戦でアップセットと対戦したが、再び後塵を拝することはなかった。

ギャラントフォックス(Gallant Fox)-トラヴァースS(1930年8月 サラトガ競馬場)

 ギャラントフォックスは三冠を達成した3歳シーズン(1930年)に10戦中9勝を挙げた。唯一の敗戦は、サラトガ競馬場の真夏のクライマックスであるトラヴァースSにおいて、14戦勝鞍なしだが道悪巧者の単勝101倍の伏兵ジムダンディ(Jim Dandy)の3馬身差の2着に敗れたものだ。ジェームズ・エドワード・フィッツシモンズ(James Edward Fitzsimmons)調教師は、この敗戦を馬場状態のせいにし、馬主の強い要望でギャラントフォックスを出走させたと述べた。サラトガ競馬場で開催されるトラヴァースSのトライアル競走に"ジムダンディS"と名付けることで、優勝馬の偉業は称えられている。

サイテーション(Citation)-チェサピークトライアルS(1948年4月 ハヴァードグレイス競馬場

 カルメットファーム(Calumet Farm)の偉大な名馬サイテーションは、ほぼ無敗馬だと考えられている。実際、2歳~3歳シーズンにおいて28回出走したが、2敗しかしなかった。同馬はエディー・アーキャロ(Eddie Arcaro)騎手を初めて鞍上に迎え、単勝1.25倍で今は無いハヴァードグレイス競馬場(メリーランド州ボルティモア)のチェサピークトライアルS(約1200m)に挑んだが、衝突があり、不良馬場で先頭に立ったサギー(Saggy)をとらえることができなかった。サギーに惨敗した後、サイテーションが次に負けたのはそのほぼ2年後であり、三冠競走を含む16連勝を達成して、伝説の名馬の地位を得た。

セクレタリアト(Secretariat)-ホイットニーH(1973年8月 サラトガ競馬場)

 やはり、サラトガ競馬場はチャンピオン馬の墓場と言われるだけのことはある。1973年、セクレタリアトは三冠を達成した数週間後、ここでトラブルに巻き込まれた。単勝1.1倍でホイットニーHに挑んだ同馬は、ほぼ無名の先行馬オニオン(Onion)に1馬身差で退けられ、有名な敗戦を喫したのである。同じ負担重量で単勝14倍のオニオンは最初のコーナーで先頭に立ち、最後の直線で勢いを無くしたセクレタリアトをかわして優勝した。オニオンを管理するアレン・ジャーキンス(Allen Jerkens)調教師は"ジャイアントキラー"として有名になった。そして同年9月に、同調教師はもう1頭の管理馬プルーヴアウト(Prove Out)をベルモントパーク競馬場のレースに出走させ、またもやセクレタリアトを破った。

シガー(Cigar)-パシフィッククラシック(1996年8月 デルマー競馬場)

 アロゲートは、デルマー競馬場で負けた最初のスーパースターではない。BCクラシックと第1回ドバイワールドカップで稲妻のような歴史的勝利を達成した偉大なシガーは、その後17連勝目を賭けて挑んだデルマーの看板レースにおいて、単勝1.1倍で支持されていた。主なライバルであるサイフォン(Siphon)やドラマティックゴールド(Dramatic Gold)に外側から全速で並びかけていったが、単勝41倍のデアアンドゴー(Dare And Go)にゴール近くで差され3½馬身差で退けられた。その日は4万人以上の観客がいたが、わずかな物音も聞こえないほど静まり返っていた。

アメリカンファラオ(American Pharoah)-トラヴァースS(2015年8月 サラトガ競馬場)

 直近の三冠馬アメリカンファラオは、サラトガ競馬場で失敗を犯した。後にアロゲートを手掛けるボブ・バファート(Bob Baffert)調教師に管理された同馬は、単勝1.35倍で出走した。しかし、単勝17倍の追込み馬キーンアイス(Keen Ice)が最後のハロン棒を過ぎてからそのスタミナを発揮して内側から疾走し、同馬を差した。デビュー戦を除き、アメリカンファラオが敗退したのはこのレースのみである。3週間前のハスケル招待H(モンマスパーク競馬場)では、キーンアイスに4馬身差をつけて楽勝していた。バファート調教師はアメリカンファラオの度胸を称賛していたが、過度の長距離輸送が彼のエネルギーを奪ったのかもしれないと述べていた。実際それは正しかったのかもしれない。アメリカンファラオは同年のBCクラシックでキーンアイスを含むライバルを負かし、競馬界のグランドスラムを達成した。

By Nicholas Godfrey

[Racing Post 2017年7月23日「In good company: six defeats that stunned US racing」]


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