EnglishKorean
中文Francais
Japanese Stud Book


世界の競馬
海外競馬ニュース(毎週更新)
海外競馬情報
海外競馬場・日程
海外競走登録・遠征情報
世界の競馬および生産統計 アジア競馬会議・競馬連盟
軽種馬登録情報
軽種馬登録ニュース
統計データベース
軽種馬の登録の仕組み
登録のあゆみ
ユビキタス関連
マイクロチップについて
申請書類ダウンロード

モバイルサイト
TOPページ > 海外競馬情報 > 1978年三冠馬アファームドと宿敵アリダーの対決(アメリカ)【その他】
海外競馬情報
2016年06月20日  - No.6 - 4

1978年三冠馬アファームドと宿敵アリダーの対決(アメリカ)【その他】


 スティーヴ・コーゼン(Steve Cauthen)騎手は1978年の三冠競走に挑むにあたり、2つのことを確信していた。それは、アファームド(Affirmed)という類まれな馬に騎乗すること、そして同馬とほぼ互角の逸材アリダー(Alydar)と対戦しなければならないことである。

 すなわち、コーゼン騎手が言うように、「平均的なメンバーを撃破するのとはわけが違った」。

 競走の激しさは間違いなく、馬の偉大さをはかる尺度の1つである。アファームド(父イクスクルーシヴネイティヴ)はアリダーとの対戦10回のうち7回において、何とか攻撃をかわした。2歳シーズンでアファームドはアリダーに2敗したが、その頃は両馬とも競馬をよく理解しておらず、成長途上であった。そして、あとの1敗はトラヴァースS(G1)で走行妨害により失格となったときに喫した。

 アリダーは、他の年ならケンタッキーダービー(G1)、プリークネスS(G1)、ベルモントS(G1)を制覇して三冠馬となり得る素質を十分持っていた。しかし、運の悪いことにアファームドと同じ年に生まれてしまった。3歳になって本格化したアファームドは、競馬界で不朽の名声を築くのに最大のライバルよりもほんの少し上手であり、1978年に11頭目の三冠馬となった。

 アファームドの次に三冠馬が誕生するまで37年を要した。そのことでアファームドだけでなく、同馬が必死に戦った三冠競走への評価が高まった。アファームドは2歳チャンピオンとしてケンタッキーダービー(約2000m)に挑んだが、ほぼ騎手のイメージどおりに展開したレースで、主役を演じた。

 アファームドは悠々と3番手につけ、4コーナーで大外を回り、コーゼン騎手が10代の感覚で"今だ"と合図を送ったときに、力強く加速した。チャーチルダウンズ競馬場の最後の直線に入った時に、観衆の叫び声が響く中、コーゼン騎手はすぐ後ろにつけているアリダーを何度も振り返った。アリダーは仕掛けが少し遅れたため、ゴール板ではアファームドに1馬身1/2差をつけられた。

 両馬の関係者は2週間後のプリークネスS(ピムリコ競馬場・約1900m)では戦略を変えなければならないと認識していた。コーゼン騎手は発走してすぐに、きらりと光る栗毛の牡馬のエンジンを全開にして先頭に立ち、「ホルヘ・ベラスケス(Jorge Velasquez)騎手はアリダーをアファームドと同じペースで走らせ続けるだろう」と正確に読んでいた。アファームドはハナに立ったときに競る相手が必要だった。コーゼン騎手も相手を探していて、目に入ったのがアリダーだった。

 コーゼン騎手はこう語った。「4コーナーを回ったとき、アリダーが近づいてきて、私たちは文字通り最後の直線になだれ込みました。アファームドから力強さと負けまいとする意志が伝わってきたので、プリークネスSの勝利が我々のものとなることを全く疑いませんでした。最終的な着差はクビ差でしたが、三冠競走ではめったにない余裕のクビ差でした」。

 コーゼン騎手は、これに続くベルモントS(約2400m)を"おそらく史上最高の三冠競走"と表現した。それに異議を唱えるのは難しいだろう。

 ベルモントSでは、序盤から積極的に先頭に立たせるためにブリンカーが外されていたアリダーは、向う正面を走っている時からアファームドに迫って行った。両馬は"テスト・オブ・チャンピオン"として名高いこのレースの大半において前後に並んで競走し、互いに相手が来るのを待っていた。

 アリダーは残り300mの地点で先頭に立ち、コーゼン騎手は負けてしまうのではないかと危惧した。

 同騎手はこう続けた。「アファームドが持っている以上の力を出そうとしていることが分かりました。そこで、初めての手法を取りました。それまでアファームドを左手前に変えたことはありませんでしたが、今がその時だと考えました」。

 驚くべき作戦は効果てき面であった。アファームドはあたかも再び発馬機を出るように飛び出した。そして眩いばかりの対戦をハナ差で制した。勝ち時計2分26秒4/5は、セクレタリアト(Secretariat)とギャラントマン(Gallant Man)が出した記録に続く。

 アファームドは活躍し続け、1978年と1979年の年度代表馬に選出された。通算成績は29戦22勝で、2着5回、3着1回であり、オーナーブリーダーのハーバービュー牧場(Harbor View Farm ルイス・ウルフソン氏経営)に獲得賞金288万7,999ドルをもたらした。

 アファームドを管理したラス・バレラ(Laz Barrera)調教師は、「アファームドはセクレタリアトなど他の三冠馬よりも優れています。なぜなら、アリダーと対戦しなければならなかったからです」と明言した。

 この結論には異論があるかもしれない。しかし、アファームドが勝負根性において誰にも負けなかったことは確かだろう。



アファームドに関する興味深い情報

・ 三冠馬ウォーアドミラル(War Admiral)の3代目の孫であり、マンノウォー(Man o' War)の4代目の孫である。

・ 北米で初めて200万ドル以上を獲得した。

・ シンジケート価格1,440万ドルは当時の最高記録であった。

・ 1978年トラヴァースSにおいて、コーゼン騎手負傷のためにラフィット・ピンカイ・ジュニア(Laffit Pincay Jr.)騎手に乗り替わりとなった時、アファームドはアリダーの走行を妨害して失格となった。

・ ブラッドホース誌は"20世紀米国サラブレッドチャンピオン"おいて、アファームドを12位とした。



By Tom Pedulla

[bloodhorse.com 2016年5月18日「Legends: Affirmed―Rare Talent」]


上に戻る