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2015年11月20日  - No.11 - 5

虐待から救出された牝馬に優良な仔を生ませる試み(アメリカ)【その他】


 セリカタログのどのページにもそれぞれの物語があるが、ファシグ・ティプトン社10月セール(Fasig-Tipton October sale)の上場番号1225のページに隠された物語は特に興味深い。

 上場番号1225のアメリカンライオン(American Lion)産駒の母は、ヴァレリーナ(Valeriena 父アンブライドルズソング)である。ヴァレリーナとその母エイントジャストウィッスリン(Aintjustwhistlin 父ディキシーランドバンド)は、2009年にアーニー・パラガロ(Ernie Paragallo)氏所有のセンターブルック牧場(Center Brook Farm)で放置されていたところを救出された多数の馬の中の2頭である。救出された馬は、ニューヨーク警察、アメリカ動物虐待防止協会(American Society for the Prevention of Cruelty to Animals)、コロンビア・グリーン動物愛護協会(Columbia-Greene Humane Society)により保護された。このため、上場番号1225の血統には、父系にブラックタイプが見られるが、母と祖母(2代母)の欄にはブラックタイプは見られない(訳注:ブラックタイプとは、セリカタログの血統紹介欄に記載される馬名について、当該馬がブラックタイプ競走に優勝または入着した実績を識別できるよう、活字の太さ、大文字、小文字の使い分け等により区別して表記すること)。

 ヴァレリーナの現在の馬主デヴィッド・ヘイガー(David Hager II)氏は、ケンタッキー州パリス近くでアイドゥルアワー牧場(Idle Hour Farm)を営む生産者であり、この血統の母系の優秀さを取り戻したいと望んでいる。ヴァレリーナ(13歳)は保護されてからカナダのウィンフィールズ牧場(Winfields Farm)で数ヵ月間過ごし、飢餓状態から回復した後に、2009年の後半ヘイガー氏に引き取られた。

 ヘイガー氏は次のように語った。「ウィンフィールズ牧場は、ヴァレリーナを供用1年目のウェザーウォーニング(Weather Warning)と交配させました。その後、ウィンフィールズ牧場がヴァレリーナを購買し、私のもとへ他の馬と一緒に送ってきました。検疫を受けさせドバイへ輸送し、そこから馬運車でイラクに運び、そこで生まれた仔馬を競走させるつもりだったようです。しかし、色々と事情があり、輸送予定の馬の一部がここに留まり出産することになりました。ヴァレリーナはその1頭でした」。

 ヘイガー氏は、名前を出すことを控えたが、ある顧客がケンタッキーに留まったこれらの馬への支払いを滞納したと語った。結局、ヘイガー氏は自身の牧場でセリを開催し、それらの馬を上場した。

 「最終的にそのうちの6頭を自分で買い取りました。その中に、モナルコス(Monarchos)の仔を受胎しているヴァレリーナとその娘(父ウェザーウォーニング)がいました。飢餓状態から救出されたことを知っていたので、ヴァレリーナには同情していました。この滞納者によって我々の牧場に捨てられた彼女を、私が再び救ったと言えます」。

 「ヴァレリーナはここに来た時、飢餓状態を経験した馬の特徴を見せていました。つまり、飼葉を貪るように食べていました。それが最後の食事となるかもしれないと思い、食べるのを止めません。私たちは彼女に規則正しい生活を送らせ、2〜3年後に彼女はもう飢えることはないと理解しました」。

 「ヴァレリーナはアンブライドルズソングと同じ芦毛ですが、母父であるディキシーランドバンドの特徴を受け継いでいるようです。大きな馬体を持ち、肢は短めです。背丈も横幅もあります。彼女を交配させるに当たり心掛けていることは、少し肢の長い仔馬を生ませることです。そして、数頭の素晴らしい仔馬が生まれました。彼女は個性的な仔馬を生みます」。

 ヴァレリーナが初期に出産した仔馬は、悪運続きであった。ウェザーウォーニングとの間に生まれた牝駒ウェザーバンド(Weather Band)は、調教を開始した当時は有望に見えたが、健康を損ない胸膜炎で死亡した。その一世代下のモナルコスとの間に生まれた牝駒は、2012年ファシグ・ティプトン社10月セールで、マンディー・ポープ(Mandy Pope)氏が3万5,000ドル(約420万円)で購買した。同馬はトム・アモス(Tom Amoss)厩舎に入った当時才能を見せつけ、デビュー戦においてスピード勝負の末3着となった。そして、次走に向けての調教中に心臓発作で死亡した。

 ヘイガー氏は、「悲しみに打ちひしがれるのみでした」と語った。

 ジョッキークラブのエクワインライン(Equineline 血統データベース)には、ヴァレリーナはヘイガー氏に引き取られる前に、2頭の異なる種牡馬、アドニス(Adonis)とグリフィナイト(Griffinite)と交配したと記されている。しかし、これらの仔馬はそもそも誕生したのか、そうであれば存命なのかなどの情報は記されていない。ヘイガー氏は、2014年誕生のアメリカンライオン産駒がヴァレリーナにとって起死回生となることを願っている。彼女の仔で現役競走馬はチャートルーム(Chart Room)と名付けられたレディーズイメージ(Ready’s Image)産駒だけである。ヘイガー氏が生産したこの馬は、2013年の10月セールにおいて2万7,000ドル(約324万円)で購買され、何度か3着以内に入っている。

 ヘイガー氏の生産馬の上場は、フォースターセールズ社(Four Star Sales)が担当している。ヘイガー氏は次のように語った。「来年もヴァレリーナをアメリカンライオンと交配させます。素晴らしい組合せです。アメリカンライオンとウェザーウォーニングの母系は共通するものがあり、ウェザーウォーニングの牝駒がどれだけ素晴らしかったかを知っています(訳注:アメリカンライオンの2代母とウェザーウォーニングの母は同じ)。したがってその血統に戻り、今回上場するアメリカンライオンの牡駒が生まれました。彼はとても魅力的な馬です。ティズナウ(Tiznow)の肢を持ったアンブライドルズソングといったところでしょう。大きな巨体の芦毛ですが、典型的なアンブライドルズソングの血統を持つ馬よりも、たくましい容貌です」。

 ヘイガー氏は最初、2月19日生まれのこの馬をファシグ・ティプトン社7月セールに上場したが、最終落札価格は3万7,000ドル(約444万円)だったので、主取りとした。

 「がっかりしましたが、どうして買い手がつかないのか分かりました。未完成で、セリで見栄えする馬格ではなかったからです。しかし、今ではめっきり変わりました」。

 ヘイガー氏はこの牡駒が最終的に幸運に恵まれ、ヴァレリーナとその母系にブラックタイプをもたらすことを望んでいる。もしそうでなくても、新たなチャンスはまたやって来るだろう。ヴァレリーナは今年オーヴァーアナライズ(Overanalyze)の牝駒を出産している。

 「誰かが彼を購買し、素晴らしい競走馬に仕上げることを望んでいます。そうすればヴァレリーナが、牧場で自活できる道が開かれます。私はセリ会場で、“この馬の母と祖母(2代母)および母の全姉は、アーニー・パラガロの牧場から救出された”と言いますので、皆が彼の血統上の空白について理解するでしょう」。

 「おそらく、ヴァレリーナはこの空白を変え、物語を完成させるでしょう。これまでは悪い物語でしたが、ハッピーエンドになることを望んでいます」。

 しかし、ヘイガー氏は勝馬を出さないからといってヴァレリーナを手離すつもりはないようだ。

 ヘイガー氏は次のように説明した。「ヴァレリーナはとても愛らしく、ぜひとも繋養し続けたいと思っています。しかし、彼女が我々の牧場にいる間に掛かる費用を、その仔馬で補うことができれば大変助かります。仔馬を母馬から離乳させるときに、ヴァレリーナはそこに来てそれらの仔馬に列を作らせ、順番に世話をするタイプの牝馬です。彼女はどの馬の面倒でも見ます。牧場で怯えやすい牝馬は、ヴァレリーナと一緒に過ごします。なぜならヴァレリーナが寄り添ってくれるからです。彼女はそのような愛すべき牝馬です。本当に素晴らしい性格なので、ずっとここで余生を過ごさせるつもりです」。

By Glenye Cain Oakford
(1ドル=約120円)

(関連記事)海外競馬ニュース2009年No.18「動物虐待の罪で有名馬主逮捕(アメリカ)」、2010年No.23「パラガロ氏に動物虐待の罪で懲役2年が言い渡される(アメリカ)

[bloodhorse.com 2015年10月18日「Breeder Hopes to Revive Rescued Mare's Career」]


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