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TOPページ > 海外競馬情報 > エリザベス女王は競馬観戦を心から楽しんでいる(イギリス)【その他】
海外競馬情報
2013年01月20日  - No.1 - 5

エリザベス女王は競馬観戦を心から楽しんでいる(イギリス)【その他】


 マイケル・オスワルド卿(Sir Michael Oswald)は1970年以来エリザベス女王に競馬と生産について助言を行い、女王陛下の競馬への情熱をすっかり増幅させた。オスワルド卿は、「女王陛下のスケジュール帳は18ヵ月前に概要が書き込まれ、6ヵ月前に詳細が加えられます。毎年6日間だけは特別に確保され、それは5日間のロイヤルアスコット開催とエプソム競馬場のダービーデーです」と語った。

 これらのスケジュールは消えないインクで記入される。エリザベス女王は1945年以降毎年ロイヤルアスコット開催に足を運んでいる。アスコット競馬場の改築に伴いヨーク競馬場でロイヤルアスコット開催が施行された2005年も、移動の不便をものともせず、女王陛下は5日間の開催を全て観戦した。女王陛下は、女王戴冠式直後に自身の初のダービー出走馬オリオール(Aureole)が2着となった1953年の英ダービー以来、ダービーを観戦しなかったことはほとんどない。ロイヤルアスコット開催の観客にとって、エリザベス女王は競走馬よりも大きな魅力となっていると言っても誇張ではない。連日のアスコット競馬場における女王陛下の行進はパドックでクライマックスに達するが、どのような大レースの勝馬が現れた時よりも女王陛下の一団が現れる時のほうがずっと多くの人々が密集する。

 群衆は馬車が到着するずっと前から集まり始めるので、女王陛下のすぐ近くに接近することは不可能である。1878年に曽祖父エドワード7世によって初めて使われたゴールデンゲートから入場して、直線のマイルコースを行進する様子は王女時代の20歳の時からずっと変わらない。このきらびやかな歴史は海外からやって来た人々の羨望の的となる。

 すべての競馬開催において、女王陛下の存在は儀礼的伝統を失うことはないものの、かぎりなくくつろいだ雰囲気をつくる。観客はそれとなくエリザベス女王からたった数メートルのところに立つことができる。女王陛下はパドックを行ったり来たりするときに、ときどき立ち止まり、通り道で取材をしているBBCの競馬司会者クレア・ボールディング(Clare Balding)氏やウィリー・カーソン(Willie Carson)氏と歓談する。エリザベス女王のボールディング氏との最初の出会いは、ボールディング氏の物心がつく前である。女王陛下がボールディング氏の父イアンの牧場を訪問した時には、ボールディング氏は揺り籠から出ていなかった。一方ウィリー・カーソン氏は、エリザベス女王即位25周年の1977年に王室所有の牝馬ダンファームライン(Dunfermline)に騎乗しクラシック競走を2勝した騎手である。ボールディング氏は、「女王陛下はウィリーにお話しになりたいことが沢山あります。女王陛下はいつも、騎手や調教師と話すことにとりわけ熱心です」と語った。

 このような堅苦しさのない振舞いは、女王陛下の競馬コミュニティーとの一体化を特徴づけている。念のために言うと、このさりげない交流は司会者のプロとしての立場に危険な状況をもたらす。「女王陛下とすれ違うときはいつも礼儀正しくしようと努めています。粗野に見られたくはないのですが、生中継の最中でそうすることができないことが時々あります」とボールディング氏は語った。

 それは問題とはならない。それどころかエリザベス女王は、他の競馬ファンとまったく同じように競馬場で振る舞うことを楽しんでいる。女王陛下は、レースの合間に王室のボックス席でBBCを観ていることだろう。ボールディング氏は、「私たちは時折、我々の仕事について女王陛下からご意見を頂くことがあります。イエーツ(Yeats)が2009年にゴールドカップの4連勝を果たしたとき、女王陛下は、私が同馬の歴史的偉業を上手く総括したと評価して下さったようです」と語った。

 ボールディング氏が自身のインタビューの手腕についてエリザベス女王からの感想を聞かされたのは、これが初めてではなかった。2003年にカジュアルルック(Casual Look)がオークスを優勝したときにエリザベス女王はテレビを観ており、レースの間、カジュアルルックの道中のパフォーマンスを目で追っていたことだろう。この牝馬は、その頃駐英米国大使を務めていたウィル・ファリッシュ(Will Farish)氏が生産し所有していた。そして同氏のケンタッキーにあるレーンズエンド牧場(Lane’s End Farm)は、女王陛下の牝馬が米国の種牡馬と種付けする際の拠点であった。米国がイラクを侵攻し始めた時であったので、ファリッシュ氏はカジュアルルックを見にエプソム競馬場を訪れてはいなかった。このため、ボールディング氏が担当していたレース後インタビューは、勝利調教師に限られた。そしてこの時の勝利調教師は、なんとボールディング氏の父のパークハウスステーブル(Park House Stables)を引き継いでいた兄アンドリュー・ボールディング(Andrew Balding)氏に他ならなかった。

 近親者として非常に強い感情がこみ上げ、この時だけはクレア・ボールディング氏は言葉を失ったようだった。彼女は、話をうまくつなげようと上手に振る舞っていたが、カジュアルルックの頭のそばに突然父のイアンが現れたときは本当にありがたいと思った。その後のインタビューはまさしく価値のある生放送であった。

 クレア・ボールディング氏は公平であることを第一とする放送コードに忠実であろうと努力したが、無駄だった。アンドリューもまた感情に圧倒されていた。その光景は微笑みをさそうと同時に人々を感動させたが、なかでもエリザベス女王は最もそう感じた一人だろう。ファリッシュ氏にとっては勝利したことへの満足が抑えきれない喜びとなり、一方女王が良く知っているボールディング家の父、息子および娘はマイクの回しあいを演じた。

 数ヵ月後、クレア・ボールディング氏はサンドリンガムの婦人会からの依頼を受け、皆母親である女性グループに対して、マスコミの世界における自身のキャリアについて講演を行った。そして会場からの質問でオークスの優勝インタビュー時の一連の出来事を再現してほしいとの要望が出されたとき、客席にいたエリザベス女王は、あの時の光景はテレビで見た中で最も面白く愉快なものだったと断言した。その質問をした際の女王陛下は、王冠は被っていなかった。

By Julian Muscat

[Racing Post 2012年12月11日「‘The Queen is there to savour the action, just like any other racegoer’」]


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