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2012年08月20日  - No.8 - 2

新たな違法薬物“フロッグジュース”が薬物取締上の問題に(イギリス)【獣医・診療】


 競走馬の能力を高め違法の可能性があると当局が考える2つの新種薬物が出現したことを受けて、競馬界全体に警鐘が鳴らされた。

 主要競馬統轄機関の薬物取締担当職員は、米国でここ数週間、非合法の鎮痛薬デルモルフィンの陽性反応が頻繁に出たことをうけて、厳戒態勢に入っている。デルモルフィンは、南米のカエルの皮膚に自然発生することから、“フロッグジュース”の通称で知られている。サラブレッドとクォーターホースの30頭以上からデルモルフィンの陽性反応が出たことで、米国ジョッキークラブは取締りの強化と薬物違反への厳しい罰則を科すこととなった。

 同時に、南アフリカの薬物取締官は、プロ自転車競技界の惨事の原因となった禁止薬物EPO(エリスロポエチン)に効果が似ている、能力強化作用のある血液ドーピング剤ITTPについて警告を発した。

 どちらの薬物についても、今週スウェーデンのヨーテボリで2日間にわたり開催された欧州競馬科学連絡委員会(European Horserace Scientific Liaison Committee)で議題に上った。この委員会には、BHA(英国競馬統轄機構)馬科学福祉担当理事のティム・モリス(Tim Morris)氏が英国の代表として出席していた。


第一線での薬物規制

 違法薬物使用者と戦う第一線には多国籍のグループがあり、競馬における禁止薬物の不正使用に対する研究と対応を統合している。モリス氏は、「私たちは少なくとも2年ほど前からITTPを認識しています。一方、フロッグジュースについては約半年ほど前から知っています。これらの薬物についての知識の断片は、国際連携を通じて、薬物規制に関っている世界中の競馬界の獣医師との情報共有から得られたものです」と語った。

 公式データによれば、2010年において英国での競走当日薬物検査は1レースにつき平均1頭以下への検査であったが、400頭に1頭の割合で陽性反応があった。それに比べ極東では全出走馬に薬物検査が実施されており(注目すべきことに陽性反応はゼロ)、英国では経費を考慮して薬物検査の実施を制限していることが明らかだ。英国では2008年には9,631頭が薬物検査されていたが、2011年は7,619頭であった。

 米国でのフロッグジュースの出現は、競馬場の厩舎地区に侵入したとされる強力な鎮痛剤のイモガイ毒やコブラ毒に続いて、噂や風刺の種となってきた奇妙な名前で長い薬物リストの最後に加えられている。凱旋門賞2勝のパトリック・ビアンコーヌ(Patrick Biancone)調教師は2007年に、キーンランド競馬場の馬房の冷蔵庫から結晶化したヘビ毒が見つかったことから、1年間の業務停止処分を科された。同調教師は無罪であることをずっと主張している。

 デルモルフィンはこれらの他の薬物のように強力な鎮静剤であり、その成分オピオイドはモルヒネの30〜40倍強力であるとされている。ニューヨークタイムズ紙の広く読まれた記事によれば、デンバー地区の研究所が薬物検査手順を少し変更した結果、3州の30頭以上の馬がデルモルフィンの陽性反応を示したとのこと。ルイジアナ州ではすでにサラブレッドの調教師3人とクォーターホースの調教師3人に業務停止処分が科され、オクラホマ州とニューメキシコ州においても陽性反応が見られている。


これは悪事である

 ルイジアナ州立大学の薬物検査研究所を指揮するスティーヴン・バーカー(Steven Barker)博士は、「非常に風変わりな薬物について耳にすることがありますが、フロッグジュースはその一つです。この薬物を馬に使用することは虐待です。これは馬、そして騎手の命を危険に晒す不正行為であり、悪事であり、ドーピング行為です」と語った。

 ティム・モリス氏によれば、馬を高揚させるために米国でフロッグジュースが使用されているという噂は、欧州で禁止薬物使用との戦いに打ち込んでいる人々の耳に随分前から届いていた。
モリス氏は、「これは天然のモルヒネのような薬物です。現在ドーピングに使われている理由には、いくつかの要素が重なっていると思います。人々は多分、天然なのだから許容される薬物である、ゆえに検出されない、と誤って認識しています」と語った。

 そして、「そのどちらも正しくありません。私たちが禁止薬物をリストの形で持っているというのは誤解であり、実際は体組織に影響を与えるものすべてが禁止されています。禁止薬物リストは存在しません。アスピリンは瓶からのものであるか柳の木の樹皮からとれたものであるかは問題でなく、いずれも禁止されており、体組織の痛みを感じる能力に影響を与えます」と語った。


潜在的な大惨事

 競馬界で鎮痛剤は潜在的に危険であると見なされている。なぜなら鎮痛剤によって馬は痛みの壁を破って走れるようになり、単に賭事と競馬の公正確保という問題を超えた福祉への懸念を高めるからである。

 モリス氏は、「フロッグジュースについて重要なことは、モルヒネと同じ効果を持つ天然もので非常に強力であるということです。このため、モルヒネに懸念を持つのと全く同じ理由で、フロッグジュースを懸念しています。鎮痛剤として機能する強力な薬物はどれも、馬と人間の福祉問題において特別な心配事となります。騎手にとっても明白な不安となり、大惨事となる可能性があります」と語った。

 ITTPは、デルモルフィンとは潜在的な効果が大きく異なるものの体組織に影響を与えるため同じく使用が禁止されている。モリス氏は次のように続けた。「ITTPの潜在的な機能はそれが競走能力を高めるということですが、もしそうであれば明らかに問題です。しかし、たとえフロッグジュースを与えても馬は正常な状態に戻るだけで痛みはまったく感じないとしても、体組織には影響を与えます。重要な点は、体内にあるべきでないものが存在すれば、それはドーピング行為であるということです」。

 特定できる禁止薬物はおよそ2000あるが、調教中および競走当日の薬物検査においては、たとえ薬物が特定されないとしても有害な薬物の存在自体はすぐにわかるシステムを採用している。モリス氏は、「もしそれが私たちが知っているものと正しく一致しないならば、それが何であるかの調査に取り掛かります」と語った。

 そして、「研究所の予算のかなりの部分が研究に費やされており、公式および非公式の警告システムがあります。さまざまな団体の間で定期的に電話で連絡がとられており、もし不正者同士が話し合いをすれば、私たちはお互いにそれ以上に情報交換します。新しい脅威は常に表れてきます。またすでに知っている古い薬物を使った新しい方法が常に出てきます」と語った。

 世界中の競馬界の薬物取締担当職員は皆、違法薬物使用者の予備軍を打ち砕く任務の重要さをよく認識している。米国を拠点とする北中米競馬委員会協会(Association of Racing Commissioners International: RCI)のエドワード・マーティン(Edward Martin)理事長は、「これは手ごわい案件です」と述べた。

 そして、「これはいたちごっこです。デルモルフィンを取締りの対象とした途端に、彼らは何かほかの薬物を試みるでしょう。これは絶え間のない日常的戦いです」と付言した。


ITTPとは何か?

 ITTPはMyo-Inositol TrisPyroPhosphateの通称であり、この薬物は馬の血液中のヘモグロビンが普段よりも多くの酸素の体内への供給を可能にし、競走能力を高める。大まかに言えば、それは注射器を経由して投与されるエリスロポエチン(EPO)に近い血液ドーピングである。

 ITTPは南アフリカでナショナル・ホースレーシング・オーソリティー(National Horseracing Authority: NHA)が警告を出したことにより、6月に同国内での知名度が上がった。NHAのCEOであるロブ・デ・コック(Rob de Kock)氏は、「南アの特定の誰かがこれを使用しているという疑いは持っていませんが、我々の国に入ってくる可能性のある薬物です」と語った。

 そして、「南アではITTPの使用が登録されていないので、違法に侵入していることになります。ITTPが使用されれば、競走能力に深刻な変化を与える可能性があります。私たちはEPOと同じくらい深刻に受け止めています」と付言した。

 BHAのティム・モリス理事は、「ITTPは高地トレーニングのように身体の酸素使用を操作すると考えられています。それゆえ、ドーピングに使用されていると噂されています」と語った。

 そして、「しかし、ITTPには2つの疑問があります。1つは実際に使用されているかという疑問と、もう1つはそうだとすれば効果があるのかという疑問です。しかし、ITTPは確実に私たちの取締りの対象になっています。ITTPのようなものが他国から欧州に現れることがありますが、私たちはまだITTPとは認識していません」と付言した。


デルモルフィンとは何か?

 「カエルの背中を舐めないでください。週末の間ほろ酔い気分になり、馬が陽性反応を示しますから!」

 競馬界でフロッグジュースと呼ばれるデルモルフィンについて知っていることを尋ねられたとき、米国競馬場のOBの回答はそのようなものである。この薬物を検出するための薬物検査が開発されたことで、デルモルフィンはここ数週間米国で陽性反応を出した違法薬物の中心的存在である。

 デルモルフィンはどのカエルからでも発生する訳ではない。この競走能力を強化する薬物は、南米に生息するソバージュネコメガエルの皮膚からもたらされる。デルモルフィンの広範囲の使用を伝えたニューヨークタイムズ紙によれば、モルヒネの40倍と言われる鎮痛作用のあるデルモルフィンは合成によっても製造できる。

 ルイジアナ州は、ルイジアナダウンズ競馬場およびエヴァンジェリン競馬場で陽性反応が出たことを受けて、すでに半年間の調教停止処分を延べ7回下した。その中にはアンソニー・アギラー(Anthony Agilar)氏(2回)、キース・チャールズ(Keith Charles)氏およびキイ・ローマンド(Kyi Lormand)氏の3名の調教師に対する4回の処分が含まれており、現在係争中である。デルタダウン競馬場を拠点とする3人のクォーターホースの調教師もまた、フロッグジュースの陽性反応のために調教停止処分を科されており、オクラホマ州、ニューメキシコ州および多分テキサス州においても違反が報告されているため、さらに調教停止処分が続くだろう。

 オクラホマ州立大学薬理学科のクレイグ・スティーブンス(Craig Stevens)教授は、デルモルフィンの潜在的効果についてニューヨークタイムズ紙に次のように語った。「競走馬にとって、これは良いことかもしれません。馬は痛みを感じることなく、興奮と高揚感を感じるのです」。


禁止薬物の取締りはいたちごっこである

 IFHA(国際競馬統轄機関連盟)の禁止薬物・治療行為に関する委員会の技術顧問としての役目を担っており、この課題に最も深く関わっている薬物取締官の1人であるローランド・ドヴォルツ(Roland Devolz)博士は、「違法薬物使用者に先を越されないようにすることは苦しい戦いです」と述べた。

 同博士は、「システムをクリーンに保とうとする者と不正行為を行おうとする者の間に、常に隔たりがあることは事実です」と述べた。

 そしてつぎのように続けた。「これは恒久的な隔たりであり、陸上競技や自転車レースのツールドフランスで見られるようにすべてのスポーツに存在しています。競馬はそれほど酷く汚染されてはいませんが」。

 「私たちはこの問題をそれほど拡大させていません。私たちは膨大な問題を抱えている訳ではありませんし、そうならないための予算を持っています」。

 「他のスポーツ界は、私たちが英国やフランスで持っている研究所の規模や領域に驚いています。しかし、私たちがシステムをつねに精査しているものの、人々の新しい薬物を試そうとする想像力には限りがありません」。

 ドヴォルツ博士はこのことを念頭に置き、すでに次世代の不正行為に目を向けている。それは遺伝子操作である。同博士は、「ゲノムを修正することは完全に禁止されています。もし証拠があれば、その馬はサラブレッドと見なされません。それはまったく許容されません」と語った。

 同博士は、フロッグジュースとITTPという2つの事例について、「この2つの薬物について私たちはよく知っていると言えますが、これら以外にも他の薬物はあります。科学界で薬品会社が新商品を開発したりそれがメディカルジャーナルに掲載された途端に、それを動物へのドーピングに使おうとする人が現れるのです」と語った。
 

各国の競走当日薬物検査
レース数 検査頭数 陽性反応 割合
オーストラリア 19,438 41,414頭 71件 0.17%
英国 9,566 7,952頭 21件 0.26%
香港 777 11,921頭 0件 0
フランス 7,125 9,448頭 28件 0.29%
ドイツ 1,474 556頭 3件 0.54%
アイルランド 2,381 2,467頭 1件 0.04%
イタリア 4,396 5,808頭 44件 0.76%
日本 17,697 42,775頭 0件 0
ニュージーランド 3,118 3,661頭 4件 0.10%
南アフリカ 3,758 4,596頭 13件 0.28%
アラブ首長国連邦 321 1,481頭 1件 0.06%
米国 114,283 150,000頭 1,048件 0.70%

これら統計はIFHAに提出された2010年と*2009年のものである。
 

By Nicholas Godfrey

[Racing Post 2012年7月10日「Frog Juice」]


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