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TOPページ > 海外競馬情報 > 凱旋門賞の3歳馬優位に疑問を投げかける(フランス)【その他】
海外競馬情報
2010年11月19日  - No.22 - 3

凱旋門賞の3歳馬優位に疑問を投げかける(フランス)【その他】


 2010年10月3日の凱旋門賞(G1)でのワークフォース(Workforce)の優勝は、このレースにおいては3歳馬が優秀な成績を収めるという特異な記録をさらに強化した。

 クラシック世代(3歳馬)は、過去8年において7回凱旋門賞を制し、凱旋門賞がリニューアルされて以降17年のうち14回制している。これは、ヨーロッ パにおいてすべての年齢の馬を対象として中距離馬のチャンピオンを決める競走と言われている同競走にとって、まったく注目に値する数字である。

 1993年にアーバンシー(Urban Sea)が4歳時に凱旋門賞を優勝して以来、同競走を古馬が制したのは、サキー(Sakhee)、マリエンバード(Marienbard)およびディラン トーマス(Dylan Thomas)だけである。この現象は、近年同競走に出走するクラシック世代の割合が多いために起こっているのではない。

 2010年凱旋門賞の3歳馬は8頭で出走頭数の半分に満たなかったが、上位4頭のうち3頭を3歳馬が占めた。

 2009年のリニューアルされた開催において、出走19頭のうち3歳馬は、オッズが数百倍であったペースメーカー2頭を含め7頭であったが、これらの3 歳馬は1着と3着をものにした。ザルカヴァ(Zarkava)が2008年凱旋門賞を制したとき、同馬は出走頭数15頭のうちたった5頭しかいない3歳馬 のうちの1頭であった。

 凱旋門賞における3歳馬の出走頭数の割合は、過去20年間において大体一貫性を持っている。

 カーネギー(Carnegie)が、現在の傾向となっているこの現象の始まりとなった1994年に凱旋門賞を優勝したとき、同馬は出走20頭のうち7頭 だけだった3歳馬のうちの1頭であった。またラムタラ(Lammtarra)はパントルセレブル(Peintre Celebre)と同様に、出走16頭のうち6頭を占めていた3歳馬の1頭であり、モンジュー(Montjeu)は出走14頭のうち6頭を占めていた3歳 馬の1頭であった。そして、サガミックス(Sagamix)が優勝した1998年の凱旋門賞では10頭の3歳馬が出走し、彼らは数の有利で1着から4着ま でを総なめにした。

 世界的な競走においてある傾向が支配的になったと思われるときには、その論理的根拠を求めることが道理に適っている。

 おそらく、最優秀の3歳馬を3歳シーズンの終わりに引退させる傾向がまだあるという事実が、主力となりうる3歳馬が古馬のグループに入るのを奪ってき た。案の定、近年凱旋門賞を3歳時に制したザルカヴァ、シーザスターズ(Sea The Stars)およびレイルリンク(Rail Link)はすべて、凱旋門賞を勝ってロンシャン競馬場を後にしたその日に、競走馬としての生涯を終わらせた。

 しかし、このことは説明を単純化しすぎている。過去17年において14頭の3歳の凱旋門賞勝馬のうち5頭はそのタイトルを守るべく翌年の凱旋門賞に出走 したが、5頭とも敗れた。カーネギーはラムタラの6着、エリシオ(Helissio)はパントルセレブルの6着、モンジューはシンダー(Sinndar) の4着、バゴ(Bago)は3歳馬のハリケーンラン(Hurricane Run)の3着となり、しかもそのハリケーンランは2006年に4歳馬として凱旋門賞に挑戦した際に3歳馬のレイルリンクの3着に終わった。

 もう1つの考えられる説明としては、3歳馬にとって翌年の凱旋門賞を再び優勝することは単に難しすぎるということである。

 これはおそらく、チェルトナムゴールドカップと同様であり、馬は凱旋門賞を勝つために味わわなければならない苦しさの程度を覚えており、1年後にもう1度繰り返す気にはならないのである。

 1977年と1978年の凱旋門賞勝馬アレッジド(Alleged)は4歳シーズンにおいても同競走を制した最後の3歳馬であり、その前は1955年と 1956年の凱旋門賞勝馬であるリボー(Ribot)まで遡らなければならない。1984年凱旋門賞を4歳で制したサガス(Sagace)は、1985年 の凱旋門賞において再びゴール板を先頭で駆け抜けたがその後降着となり、レインボークエスト(Rainbow Quest)に優勝馬の座を譲った。

 あるいはまた、これは負担重量の問題なのかもしれない。3歳馬は古馬よりも負担重量が8ポンド(約3.6 kg)軽いという事実は、一般的にあまり議論を呼んでいない。

 昔も今もそう決められており、それはヘンリー・ラウス将軍(Admiral Henry Rous)の馬齢重量基準が等しく定めている。しかし、負担重量の減量は若馬に不当に有利に働いている可能性がある。凱旋門賞を3歳で優勝し、翌年も出走 した馬の成績を見れば、3歳馬が古馬に比べて負担重量を軽減されていることが確かに見てとれる。

 年齢制限のない競走では、すべての出走馬が公平な立場で競うべきではなかろうか?プロゴルファーのロリー・マキルロイ(Rory McIlroy)氏は彼が21歳だからといって4つハンデをもらってプレーオフを戦うことはない。もし若馬への負担重量の軽減が有利に働いたとしたら、そ の馬は本当にチャンピオンであるとたたえられるだろうか?

 もう1つの考慮に値する点がある。ラウス将軍は、1860年代に馬齢重量基準を作りだした。サラブレッドの生産・調教手順は、それ以来わずかにしか変化 していない。1860年代以来多くのものは変化してきたのであるから、私たちは将軍の画期的な偉業から150周年を迎えて、おそらくそれを今一度見直すと きだろう。

 

By Donn McClean


[Racing Post 2010年10月5日「There is no easy answer to an Arc enigma」]


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