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2010年09月10日  - No.17 - 4

装蹄師試験の改革の必要性(アメリカ)【その他】


 競走馬の装蹄は技能であるだけでなく、芸術であり科学でもある。ベテ ランの競馬場装蹄師の中には、これら3つの資質のすべてが近年衰退したと感じている者もいる。これらの装蹄師は、熟練装蹄師組合(Journeymen Horseshoers Union: JHU)が装蹄師の質を復活させるための運動を主導することを期待している。

 JHUは、大手同業組合のために働いていた装蹄師を代表するために1873年に創設された。まもなくJHUは、物品を運搬するために使役されていた馬を 運んで生計を立てていた人々の組合である全米輸送業者組合(Teamsters Union: TU)の仲間になった。両組合は、互いに協力して繁栄した。TUは、蹄鉄にJHUのロゴを付けていない馬の輸送を拒否するようになった。

 1934年に自動車革命が大部分の馬同業者組合を脇役に追いやり、トラックを主流に押し上げた後、JHUは競馬黄金時代にその重点を競馬場に向けた。 JHUは、その組合員が主にプレイター(platers)と呼ばれた競馬場装蹄師から構成されていたために、“プレイターズ・ユニオン”というニックネー ムをつけられた。

 年を経るにつれて、装蹄師組合は尊敬と権力を獲得した一方で、近代的なTUの傘のもとで安住するようになった。装蹄師の中には、TUとのこのような関係 が結果的に装蹄師組合の衰退の一因になったと確信している者もいる一方で、組合内部の問題と権力欲が衰退の原因であると指摘している者もいる。

 装蹄師組合は現存しているが、他の多くの同業者組合と同じように近年影響力を失っている。5万人の装蹄師が組合カードを所持しているが、日常生活におけるカードの存在意義は、無きに等しいと言われている。

 レイ・アマート(Ray Amato)氏(77歳)は、その蹄鉄によって2010年ケンタッキーダービーでアメリカのトップ調教師トッド・プレッチャー(Todd Pletcher)氏の管理馬スーパーセイバー(Super Saver)を勝利に導いた装蹄師である。プレッチャー調教師は現在、アマート氏の唯一の顧客であるが、同氏はこれまでに、伝説的な調教師であるバディ・ ジェイコブソン(Buddy Jacobson)氏、ハーシュ・ジェイコブス(Hirsch Jacobs)氏および40年間にわたり関係を築いてきたボビー・フランケル(Bobby Frankel)氏の管理馬の装蹄を行った。

 アマート氏は、「私は、いまでも組合員です。1954年から組合に入っていますが、組合は私のために何もしてくれません」と述べている。

 装蹄師見習いを監督する責任、装蹄師試験を行う責任およびその特別の技能によって他の異なる訓練を経て仕事をしている装蹄師からは区別される競馬場装蹄 師に免許を与える責任を装蹄師組合に負わせることにより、アマート氏が述べたような認識を変えたいと考えている競馬場装蹄師もいる。これらの装蹄師は、あ まりにも多くの無資格者が競馬場装蹄師の免許を得ていると述べており、競馬が蹄に強いる独特な要求をよく知らない装蹄師の代わりに技能のあるベテランの競 馬場装蹄師を関与させることにより、競走馬に装蹄する真の資格のある者だけが競馬場装蹄師の免許を与えられるよう保証することを望んでいる。


現実認識が欠けている装蹄師免許試験

 ニューヨークを本拠にしているアマート氏は、「競馬場にはひどい装蹄師がいます。私は、冬季にフロリダ州に行き、夏季にはケンタッキー州に行きます。ま た、サラトガには、プレッチャー調教師に同行します。これらの競馬場の装蹄師が行っている仕事を見ると、悲しい気持ちになります。私は、『この装蹄師は、 装蹄の方法をどこで学んだのだろうか?』と心の中で考えるのです」と述べている。

 各競馬統轄機関は、装蹄師が競馬委員会から装蹄師免許を取得するための特定の基準をそれぞれの競馬施行規程に含めている。装蹄師組合が勢力を誇っていた 当時、組合員が装蹄師免許試験委員会のメンバーとして入っていた。加えて、装蹄師組合が厳格な見習い要件を課していたため、ベテランの競馬場装蹄師のもと で見習い期間を終えた者だけが装蹄師免許試験を受ける資格を有していた。しかし、装蹄師組合が不人気になった結果、個々の競馬委員会は、それぞれ独自の試 験を施行し始め、そのまま現在に至っている。問題を複雑にしているのは、すでに業務を行っている装蹄師への免許の拒否を禁止するとともに、装蹄師試験を不 要とする労働法を実施している州があることである。

 アマート氏は、次のように述べている。「ニューヨークでは10年くらい前までは、装蹄師免許試験委員会に裁決委員、獣医師および調教師が加わっていまし た。ところが、これらの人々は、馬を装蹄する資格を持っていないのです。私は、後部ドアを開けたまま、そこに装蹄工具箱を入れて発走地点でトラックを運転 している者がいるとベルモントパーク競馬場の裁決委員に訴えましたが、それを止めさせる者は誰もいませんでした。しかも、裁決委員はこれらの者に対し装蹄 師としてのバッジを与えていたのです。私は、壁に蹄鉄を打つこともできないような人に、何故装蹄師のバッジを与えるのかと裁決委員に聞きました」。

 「それは、冗談で言ったのですが、装蹄師組合が強かった時は、そのようなことは決して起きませんでした」。

 しかしアマート氏は、競馬場装蹄師への免許付与を監督する以外に、装蹄師組合が提案できることは何もないと確信している。

 同氏は、「装蹄師組合は、装蹄料やそれに類する事柄で組合員を支援することはできません」と述べている。

 カリフォルニア州に本拠を置いているトーマス・ハルペニー(Thomas Halpenny)氏は、古馬牝馬チャンピオンに2度選ばれ、また牡馬相手に戦ったブリーダーズカップ・クラシックを含め17戦無敗のゼニヤッタ (Zenyatta)の装蹄師として40年のキャリアの頂点にいる。同氏も装蹄師組合が競馬場装蹄師免許試験を実施することに賛成している。

 同氏は、「装蹄師組合が競馬場装蹄師試験を実施することは、良い考えだと思います。その理由は、試験を実施する人々が自分たちの行っていることをよく 知っている場合、試験はいっそう厳正になるからです。受験者が現在のように試験を受けることを許可される前に、1年か2年、受験者をベテラン装蹄師と一緒 に仕事をさせるべきだと考えます」と述べている。

 同氏は、「現行の免許システムは、見習装蹄師免許がなく、この点を変更することが必要です。また、ベテラン装蹄師のもとで仕事ができるよう仮免許制度をつくり、その後に試験を受けられるようにすることが良いと思います」と語った。

 レキシントンに在住し、蹄鉄工兼装蹄師として5世代目のビーチ・フォークナー(Beach Faulkner)氏は、見習装蹄師制度の一環として、新人装蹄師は1年間、1頭の特定馬の蹄を世話することを義務づけられるよう提案している。同氏は、 装蹄師が馬の蹄底に対して行う行為は、削蹄と装蹄によってもたらされる蹄角度と地面からの衝撃力の結果、蹄が蹄冠部で成長する度合に影響を与えると説明し ている。年の終わりに特定馬の蹄がいかに健康であるかということは、新人装蹄師の仕事の長期的成果を示すことになる。


適切な試験の必要性

 ニューヨーク州法は、試験実施要項の一環として、装蹄師免許申請者は、火とを使って蹄鉄を製作しなければならないと規定している。この要件は、数十年前 は有効であったが、今日の装蹄師はほぼどのような状況にも対応する多様な製作済みの蹄鉄を入手することができる。競走用蹄鉄は、アルミニウムで作られてい るため火炉作業を行うことなく、ハンマーとまたは簡易鉄床を使用して容易に成形することができる。

 アマート氏は、「火を使って作るよりも文字通り容易に連尾蹄鉄を購入することができます。私は、連尾蹄鉄を作る試験の部分は除外されるべきだと思います。装蹄師受験者に装蹄を行わせて、資格のある装蹄師に作業を観察させるべきです」と述べている。

 イーストコースト在住のベテラン装蹄師リンダ・マグルワース(Linda Muggleworth)氏は、単に装蹄ができるだけでは競馬場装蹄師の免許を与えるのに十分な資格でないと述べている。同氏は、筆記試験が実施されることを望んでいる。

 同氏は、「装蹄できることを示すだけでは不十分です。筆記試験も行われず、またどうしてそのような装蹄をしたかに関して討論もなされません。単に蹄鉄を 鋲でとめることは誰にでもできます。馬に蹄鉄を打つには技法を必要とします。組合による試験を復活させる必要があります」と述べている。

 数々のG1優勝馬に装蹄してきたケンタッキー州在住の装蹄師スティーヴ・ノーマン(Steve Norman)氏は、組合による試験に欠点がないわけではないと述べている。同氏は、かつて装蹄師組合が試験を実施していたときにあちこちで見られた事態を思い起こしている。

 同氏は、「試験に誰も合格させようとしなかったベテラン装蹄師がいました。これは、有能な新人装蹄師が参入してきて、自分たちの仕事を奪うことを望まな かったためです。このようなことは、シカゴやニューヨークのあらゆる大きな競馬場で頻繁に起こりました。彼らは、それらの競馬場に新人装蹄師を入れるつも りはなかったのです。したがって、ベテラン装蹄師は新人装蹄師が競争相手であるということだけで、理由なしに彼らを不合格にしていたのです」と述べてい る。

 同氏は、誰が装蹄師試験を行う資格を100%持っているかは定かでないと述べ、すべての人の「観察力」は異なっており、ある人にとっては適切な装蹄の方法であると考えることが他の人の見解ではそうでないことは往々にしてあると付言している。

 ノーマン氏は、「誰もが蹄の蹄踵と蹄先部の大きさがどうか、左右の高さがどうかに関してチェックしますが、人によって多少異なる評価をします。この評価は、非常に微妙な差異なのです」と述べている。

 インタビューを受けたすべての装蹄師の意見が一致した1つの点は、試験を実施する人はベテラン装蹄師であるべきで、競走馬の装蹄に数十年の経験を有するのが望ましいということである。


装蹄師組合が実施する試験

 JHUのイーストコースト支部ローカル20(Local 20)の支部長ジョージ・ガイスト(George Geist)氏は、競馬委員会が試験を実施するために組合員の協力を求めることに賛成しており、その厳しい審査に合格した者に装蹄師の免許を付与するよう 提言している。

 同氏は、「あらゆる人々が装蹄師試験に関与するのは良いことです。それは、業界の信頼性を守ることになり、また馬主と調教師は自分たちの馬に装蹄するのに最高の資格を有する者を確保することが保証されます」と述べている。

 同氏は、アメリカの競馬管轄地域全体で適用される統一装蹄師試験の採用および競馬場間の互恵制度の厳格化を提唱している。

 同氏は、「クリスマス・キャンディのように装蹄師免許を与えている競馬場もあれば、非常に難しい試験を課している競馬場もあります。互恵制度を利用し て、試験がほとんどないか、または全くない競馬場に行って免許を取得することにより、試験を巧みにかわしている者がいます。免許を取得後、これらの装蹄師 は免許の取得が困難な競馬場に戻り、他の競馬場から取得した免許を示して不当に仕事を得ているのです」と述べている。

 ガイスト氏は、競馬場装蹄師の免許を付与されるすべての人が、どこかで必ず有効かつ適切な試験に合格していることを確実にするよう希望している。同氏は、装蹄師組合によって計画されて実施される統一試験が解決策であろうと確信している。

 1つのジレンマは、装蹄師組合による試験を提唱する人の多くが、一方で装蹄師組合が競馬場装蹄師の試験に関与することとなる場合には、装蹄師組合に支配 されるのを望まないことである。同時に、不適切な装蹄は事故につながることがあるため、これらの人々は馬の福祉と競馬に対する公衆の認識を懸念している。 すべての人々は、何らかの対策が講じられなければならないということで意見が一致している。

 ガイスト氏は、装蹄師組合、競馬場経営者および装蹄師が、装蹄師組合による試験実施および競馬場装蹄師の免許レベルを上げるためにいかに協力できるかについて協議をするのにやぶさかでないと述べている。

 

競馬場装蹄師は、なぜプレイター(platers)と呼ばれるか?

 競走馬が装着する蹄鉄は、レーシング・プレイト(競走用蹄鉄)と呼ばれる。この製作済みのアルミニウム製蹄鉄は、火やを使わずに容易に成形することがで きる。これらの蹄鉄を成形するため、競馬場装蹄師は、ハンマーと簡易(金属で出来ていて、三脚台に搭載されて移動可能な鉄床)を使う。

 競馬場装蹄師は、(鉄の棒地金)から火で作られた蹄鉄よりも、アルミニウム製の競走用蹄鉄を馬に装着するため、“プレイター(platers)”というあだ名で呼ばれた。これは、自分で蹄鉄を作らないことに対するからかい半分の非難を時には込めた言葉である。


By Denise Steffanus


[Thoroughbred Times 2010年7月17日「Revive the platers union?」]


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