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TOPページ > 海外競馬情報 > 新手の不正行為、遺伝子ドーピング(アメリカ)【獣医・診療】
海外競馬情報
2009年01月09日  - No.1 - 2

新手の不正行為、遺伝子ドーピング(アメリカ)【獣医・診療】


 スポーツの世界で不正の輩に先んじてこれを制することは、人のスポー ツにせよ馬のスポーツにせよ大変厄介な課題である。スポーツにおけるドーピングに関する世界会議(World Conference on Doping in Sport)の宣言に基づき、スポーツにおけるドーピングの取り締りを国際的に促進し、かつ調整するために、1999年に独立の国際機関である世界アン チ・ドーピング機構(World Anti-Doping Agency: WADA)が設立された。

 WADAの任務は、不正な薬物とその使用方法を検知するための技術開発を支援することである。WADAはまた、運動選手にドーピングの危険に関する啓蒙 事業を行っている。ドーピングの新たな危険の1つは、遺伝子ドーピング(gene doping)である。遺伝子ドーピングは、細胞、遺伝子および遺伝因子を非治療的な目的で利用すること、すなわち運動能力を高めるための遺伝子発現の調 整である。

 遺伝子療法[訳注:人の体細胞の中に外から遺伝子を導入する技術を応用する疾病の治療法]は、筋肉および血液の疾患の治療にとって革新的な分野であるが、研究はまだ糸口をつかんだにすぎない。ある分野は成功しているが、その他の分野は依然として実験段階である。

 遺伝子療法の現段階において、赤血球を増殖して酸素供給量を増やすために、一定の遺伝子[例えば天然のエリスロポエチン(EPO−赤血球生成促進ホルモ ン)の生成をコントロールする遺伝子]を活性化させる方法は分かってきたが、その効果をコントロールする方法は見出されていない(その大部分は致命的)。 スポーツにおいて遺伝子ドーピングのために遺伝子操作を利用することは、火を起こすことを最初に発見した穴居人が乾ききった森の中で野宿をするようなもの である。

 WADAの主要な活動分野は人のスポーツであるが、WADAがこれまでに習得した事柄の大部分は馬のスポーツにも当てはまる。


馬に対するドーピング

 競馬の世界では、アナボリック・ステロイド(筋肉増強剤)について当局が禁止薬物リストの整備・充実に着手し、使用に反対する人々が規制策を賞賛したの も束の間、不正の輩は競馬の公正に反し自分たちに有利になるよう、いっそう高度な方法を開発して禁止規則を回避しようとしている。 2007年、オースト ラリア競馬評議会(Australian Racing Board: ARB)は、オーストラリア競馬産業に対する遺伝子ドーピングの潜在的脅威に関する調査をナターシャ・エリス(Natasha Ellis)博士に依頼した。同博士は、ARBに対して「馬の遺伝子治療は技術的・経費的に見て可能な段階にあるので、遺伝子ドーピングの競馬産業に対す る脅威は現実のものとなっている」と報告した。

 2004年にロンドン大学医学部(University College Medical School in London)外科部門のジェフリー・ゴールドスピンク(Geoffrey Goldspink)教授(理学博士)は、遺伝子ドーピングがサラブレッド競馬においてすでに利用されているとカナダの日刊紙「グローブ・アンド・メイル (Globe and Mail)」に発表した。同教授は生物学者であり、筋肉量を遺伝子的に増大させることにより、筋肉消耗疾患を治療するための遺伝子療法の開発を行ってい る。

 その主張を立証してもらおうと、3ヵ月間にわたり同教授へ頻繁に接触し、また同教授の上司あるいは医学部のメディア対応室を通じてたびたび接触を試みた が、同教授から回答を得ることはできなかった。したがって、遺伝子ドーピングが英国競馬において実際に広がっているかどうかは、憶測の域を出ていない。

 米国ではドン・カトリン(Don Catlin)医学博士が先頭に立って競走馬における遺伝子ドーピングを攻撃している。同博士は、1982年のカリフォルニア大学ロサンゼルス校 (University of California Los Angeles)オリンピック分析研究所(Olympic Analytical Laboratory: OAL)の設立者であり、サラブレッド競馬の公正確保に関心のある馬主と競馬産業の有力者からなるエリートグループのコンサルタントをしている。

 同博士は、「私たちはすでに、遺伝子を操作して人をこれまでと違う人につくり変える技術を持っています。また、遺伝子に刺激を与えて、筋肉をより大きく かつより強くすることもできます。そして、エリスロポエチン(EPO)遺伝子に刺激を与えることができます。問題は、この遺伝子操作はその効果のコント ロールが困難なことです。遺伝子療法が待ち望まれているにもかかわらず、その開始が遅れているのはこのためです。遺伝子療法で人が死ぬことは、しばしばあ ります」と述べている。

 同博士は、競走馬に遺伝子操作をすることによって利益を得る不正行為を敢えてするような人々は、その過程で馬が死のうが意に介さないのだと述べている。

 同博士は、「遺伝子操作を行う人々の関心事は、馬がより速く駆けることや人がより速く走ることであり、それが全てなのです。遺伝子操作の過程で馬に危害を与える恐れがあるかどうか気に掛けることはありません。」と述べている。

 不正の輩を検知する方法は、現在のところ存在しない。将来この不正行為に対する警戒信号となるのは、原因不明の死亡事故の多発しかないだろう。

 カトリン博士は、「不正の輩を見つける方法は分かっていません。私たちには多数の競走馬が死亡するかどうかを唯一の危険標識とするしかありません。 WADAは、研究費の4分の1を遺伝子ドーピングとその探知に費やしていますが、検知方法の開発が間近であるとはとても言えません」と述べている。

 遺伝子ドーピングにはいくつかの方法がある。その1つが、遺伝子を組み込んだ無害のウイルスを体内に投与し、その遺伝子を意図した部位に運ぶという方法 である。これらの遺伝子キャリア、すなわち遺伝子運搬媒体は、遺伝子を心臓、脳、一定の関節、皮膚、肝臓および肺に運ぶために利用されている。


有益な技術の不正使用

 2007年にケンタッキー大学(University of Kentucky)を本拠とする馬ゲノムプロジェクト(Horse Genome Project)は、馬ゲノム地図を作成して馬の遺伝学に興味を持つ研究者などにそのデータベースをインターネット上で利用に供している。プロジェクト・ マネージャーのアーネスト・ベイリー(Ernest Bailey)博士は、この馬ゲノム地図の作成は重要性において抗生物質の発見に匹敵すると述べるが、残念なことに遺伝子ドーピングに悪用される可能性が ある。

 幹細胞治療は、馬における証明済みの治療法である。この治療法では、骨髄または脂組織から幹細胞を抜き出し、それを疾患部位(例えば、損傷を受けた腱または靭帯)に注入することにより疾患の回復促進を図る。

 エリス博士は、次のように報告している。「遺伝子を幹細胞に導入するためには所望の遺伝子列を採って、遺伝子の導入を助ける遺伝子運搬媒体を浄化する必 要があります。所望の遺伝子を幹細胞に加える専門家の費用として約200ドル(約2万円)程度かかります。遺伝子ドーピングの合計費用は現在ほぼ日常的に 用いられている幹細胞療法の費用を500〜1000ドル(約5〜10万円)上回るにすぎないのです」

 「あまり良心的でない研究所が筋肉成長のための遺伝子療法を開発して、それを馬の食欲増進と体調維持のための方法として売り出すようになるまで、技術開 発の過程ではあとわずかな道のりです。この種の技術に対する需要があるのはほぼ確実であり、とりわけ遺伝子療法を検知する方法がないとなればなおさらで す」。

 同博士は、遺伝子操作で作られたマラソンマウス(marathon mice:筋肉変質により通常のマウスより62%長く走ることが可能)の筋肉変質の手法に関して、運動選手と調教師から問い合わせを受けたと付け加えた。

 同博士は、「たとえ少数の人々からの問い合わせであっても、馬に対する遺伝子ドーピングの成果に対して関心があることの証左です」と述べている。


未開発の検知方法

 WADAは、人における遺伝子ドーピングを検知する技術開発のために世界中の研究者に資金提供している。しかし、不正の輩の遺伝子ドーピングへの関心の高まりに対して、遺伝子ドーピングを見つける技術は遅れを取っている。

 不正の輩を見つけるのに役立つ可能性のある方法にはマイクロアレイ技術(microarray technology:1回の実験で膨大な量の遺伝子発現データが得られる技術)が含まれている。この方法は、遺伝子ドーピング手法によって発現または変 質されるタンパク質を検知するためにコンピューターチップを利用する。タンパク質指紋識別法(protein fingerprinting)と呼ばれるこの方法は、比較のために基準タンパク質指紋または正常タンパク質指紋を使用する。

 模索されているその他の方法は、プロテオミクス(proteomics:タンパク質の解析)または血液性状(の分析)、遺伝子ドーピングによって生成さ れるタンパク質の型、大きさおよび電荷の変化の検知ならびに遺伝子ドーピングによって生じる運動選手の新陳代謝と体組織の変化を検知することができる先端 放射線写真法である。

 エリス博士は、国際馬遺伝子地図研究会(International Equine Gene Mapping Workshop)で参加者に、馬の遺伝子ドーピングの検知に関する研究を行っている者がいるか質問したところ、誰もイエスと答えなかった。同博士は、参 加者が回答をしなかったのは遺伝子ドーピングを検知する研究を秘密にしておく必要があるためであり、研究を行っていないためではないと理論づけている。

 同博士はまた、「これは、遺伝子ドーピング技術が商業化される可能性があるためです」と述べている。

 他方、カトリン博士は、「遺伝子ドーピング技術が商業化されるまでにすべきことは山ほどあります」と述べている。同博士は利用可能な資金を最適配分する ために、薬物検査機関を統合することを提唱している。同博士は、高額な特殊機器およびこの機器を扱うために必要な高度熟練技師の確保を考えた場合、それが 最も合理的であると述べている。

 同博士は、「1つの検査所で国全体の検査業務を行うことが可能です。私は、世界最大の薬物検査所であるOALを設立しました。OALは、50人の職員を 置き、最高の近代的設備を使用して非常に低廉な料金で1年に5万5,000件の検体を処理できます。OALは、検査の効率性に大いに貢献しています」と述 べている。

 OALは、WADAの認証を取得した米国で唯一の分析研究所である。

 カトリン博士は、1年前にOALを辞め、現在、禁止薬物研究所(Anti-Doping Research Institute)で遺伝子ドーピングを含むドーピングに関する研究を行っている。同博士は、WADAの医療科学委員会(medicine and science committee)のメンバーに名前を連ねており、また国際オリンピック委員会(International Olympic Committee)でも同様の地位に就いている。

 同博士は、現在の最も重要な仕事は馬産業が啓蒙活動を行って遺伝子ドーピングの認識を高めることであると述べている。

 同博士は、「遺伝子ドーピングに関する話し合いを始めるべきです。また遺伝子ドーピングに関する報告書を読むことも開始しなければなりません。遺伝子 ドーピングの認識を高めるために、薬物規制標準化委員会(Racing Medication and Testing Consortium)などの組織に対し、遺伝子ドーピングに関する会議を開催するよう要請することも必要と思われます。これは、認識向上に取り掛かるた めのよい方法です」と助言している。

 

By Denise Steffanus
(1ドル=約100円)


[Thoroughbred Times 2008年11月15日「21st-century cheating」]


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