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TOPページ > 海外競馬情報 > シルヴィア・ハリス騎手、障害を克服してプロ初勝利(アメリカ)【その他】
海外競馬情報
2008年02月08日  - No.3 - 4

シルヴィア・ハリス騎手、障害を克服してプロ初勝利(アメリカ)【その他】


 経験豊かなチャーリー・ベティス(Charlie Bettis)調教師の妻兼アシスタントであるジャネル・ベティス(Janell Bettis)氏は長年、たくさんの勝利に立ち会ってきた。

 2007年12月1日、彼女が立ち会ったのは、カリフォルニア生まれの40歳のシルヴィア・ハリス(Sylvia Harris)騎手が、ホーソン競馬場でワイルドウッドペガサス(Wildwood Pegasus)に騎乗し、予想外の勝利をおさめ、ウィナーズ・サークルで感極まり、感動の涙を懸命に抑えようと努めている姿であった。

 しかし、ジャネル・ベティス氏はワイルドペガサスが入線した瞬間、肝を冷やした。「私はシルヴィアが落馬したのかと思いましたが、彼女は馬の首に熱いキスをするために体をかがめていただけでした」と言って、クスクス思い出し笑いをした。

 それは2007年8月に騎手免許を取得したハリス騎手にとって、初勝利だった。これまで北米で優勝した黒人女性騎手はほんの僅かしかおらず、彼女はシカゴ地区で勝鞍を挙げた最初のアフリカ系アメリカ人女性騎手となった。

 ハリス騎手は、「私は今の気持ちを表現する言葉が本当に見つかりません。夢が実現し、一生の願いがかなえられました」と述べた。同騎手は、2007年12月12日までに22戦1勝3着2回の成績をおさめている。

 同騎手は、「19歳の時に躁うつ病と診断され、この病気によって私の人生は何度か挫折しました。多くの躁うつ病患者は30歳過ぎまで生きられません。馬はまさに私を元気にし、生命を救ってくれました」と語った。

 ハリス騎手はケンタッキーダービー(GI)優勝を夢見ながら成長したわけではない。

 彼女は軍人の娘としてドイツで生まれたが、ごく幼いうちに家族とともにカリフォルニアへ移住した。父親が競馬ファンだったので、北カリフォルニアで行われる競馬を観戦しながら午後を過ごすことが多かった。

 しかし、馬に乗る機会はあまりなかった。ハリス騎手は「両親は私に乗馬のレッスンを受けさせてはくれませんでした。いろいろな習い事はさせてもらいまし た。ピアノの稽古やあらゆる種類のスポーツをしました。それでも子どもの頃、馬に乗る機会は実際にはありませんでした」と語った。

 夢を持つ多くの人々によくあるように、彼女は、なり行きで、学校に通うようになって馬関係の仕事からますます縁遠くなった。成人してヴァージニアに移った時、彼女は学校に再び戻ることに決めた。卒業してから馬の保護とリハビリに関係する職を得た。

 ハリス騎手は、「それは1995年頃でした。私はおそらく、倦怠に陥っているところでした。私は馬について何の技術もなく、その職はボランティア的な仕事に過ぎませんでしたが、実際に馬の近くで、ケアの仕方を学ぶ初めての機会が得られたのは良いことでした」と語った。

 その間に、彼女は競馬産業関連の職を得たいと思うようになった。数年間フロリダを飛び回り、最初はオーランドーの近くで、次いでオカラで働いた。そし て、有名なホボウ牧場(Hobeau Farms)で、経験豊かなエルマー・ヒューベック(Elmer Huebeck)調教師の厩務員兼パートタイムの調教騎手としての職を得た。その後スカンロン調教センター(Scanlon Training Center)で調教騎手になった。

 しかし彼女の生計は相変わらずだった。時には自分の車の中で生活しなければならなかった。ほとんどいつもポケットには小銭しかなかった。常に躁うつ病についての自己嫌悪や恐怖と闘った。

 ハリス騎手は、「何度も荷物をまとめて家族のもとに帰りたい、あるいは何か他の仕事をしたいと思いました。その都度いつも馬が私を引き止めてくれました」と語った。

 彼女は2005年、車のガソリンタンクがほとんど空に近い状態でシカゴに到着したとき、かろうじて厩舎で働くために必要な免許料しか持ち合わせていな かった。彼女はベティス調教師夫妻のところでその管理馬の下乗りを始め、そうする内に厩舎長のような役割を務めるようになった。

 ジャネル・ベティス氏は、「彼女は物覚えが良くてどんなことでも2度言う必要がありませんでした」と述べた。

 シカゴに来て間もない頃、ハリスは、アメリカ初の黒人女性騎手で21年間現役を務め、約750勝したシェリル・ホワイト(Cheryl White)について初めて知った。

 ハリス騎手は、「もっと若い時にホワイト騎手のことを知りたかったと思います。私がただ夢見ていたことを実現した黒人女性がこの世にいるのをもし知って いたら‥‥。しかし、私が競馬の世界に入って、ある程度の経験を積んでからこの事を知ったことで、かえって挑戦を続け、どんな障害も克服して騎手になるこ とが、私にとって重みのあるものになったかも知れません。彼女は本当に私を奮起させてくれました。私は人種について、あれこれ考えたことはありませんでし た。カリフォルニアで成長したので、人種は問題にはなりませんでした。しかし、私たちがどれだけ少数であるか、またレースに勝った経験のある者はその中で もさらに少数であるかを考えると、黒人女性として、今回優勝したことを大変誇らしく思い、私も誰かほかの人を奮起させる存在になり得るかもしれないと考 え、とても興奮しています」と語った。

 画期的な勝利を収めたハリス騎手は、今後もベティス厩舎での仕事を続け、時々他の厩舎の馬にも騎乗し、将来は調教助手となることに重点を向けるだろうと語った。

By Steve Bailey

[Thoroughbred Times 2007年12月22日「Sylvia Harris overcomes obstacles to win first career race」]


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