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TOPページ > 海外競馬情報 > 世界の競走馬調教法(連載第4回)(ドバイ)【その他】
海外競馬情報
2008年06月06日  - No.11 - 3

世界の競走馬調教法(連載第4回)(ドバイ)【その他】


気候と設備の点で調教に好条件のドバイ

 一見したところ、過去10年あまりの熱狂的な開発ブームの中でクレーンと巨大な鉄骨建造物が熱砂の上に林立するドバイの景観は、レースに向けて周到に訓練される若いサラブレッドを温かく迎えるようには到底見えない。

 しかしその間ドバイは、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアおよび日本においてチャンピオン馬あるいはG1馬を輩出した。

 ドバイの目覚しい発展の中心地から遠くない場所に、ドバイステーブルズ(Dubai Stables)と呼ばれる厩舎地区がある。アメリカ、イギリスそしてアイルランドで生まれた若い1歳馬の集団が、世界の最高水準のレースで競うことがで きる競走馬へ変身するためにこのドバイにやってくる。

 2007年シェイク・ハムダン(Sheikh Hamdan)殿下は、北アメリカにおける最優秀馬主としてエクリプス賞に輝き、また収得賞金額においてイギリスの馬主ランキング2位になった。同殿下は、1997年に自身が所有する1歳馬の最初のグループをドバイに送り馴致・調教を行わせて以来、ドバイステーブルズを着実に発展させた。

 この最初の1歳馬グループはアイルランド生まれのジョン・ハイド(John Hyde)調教師が管理した。そのわずか14頭の中のムジャヒド(Mujahid, 父Danzig)は、デューハーストS(英G1)に優勝し、また1998年の欧州最優秀2歳牡馬のタイトルを獲得し、ハムダン殿下にさっそく栄誉をもたら した。

 ハムダン殿下は、ペルシャ湾の爽快な太陽の光が若馬、とりわけドバイに来なければアイルランドとイギリスの冬の冷たい雨を耐え忍ぶことになる馬に成長と恵まれた環境を与えることができると確信し、毎年ドバイステーブルズに1歳馬を送っている。ハイド調教師の厩舎が輩出した馬には、2007年の北米最優秀牝芝馬ラフドゥード(Lahudood)がいる。

 ここ数年間は、シェイク・ハムダン殿下の弟で、ドバイの現首長シェイク・モハメド殿下率いるゴドルフィン(Godolphin)も、アルクォズ競馬場やナドアルシバ競馬場での馴致と調教のために若馬の多くをドバイに連れてきた。カリフォルニア州を本拠とするオーエン・ハーティー(Eoin Harty)調教師は、アメリカで出走するゴドルフィンの若馬を管理しており、最初のグループからストリートクライ(Street Cry)[ドバイ・ワールドCに優勝し、アラブ首長国連邦の年度代表馬となり、現在リーディングサイアー]を育て上げた。また2番目のグループからはインペリアルジェスチャー(Imperial Gesture)[アラブ首長国連邦の2002年最優秀3歳牝馬(7‐91/2ハロン部門)に選ばれ、複数のG1競走に優勝]を出した。

 しかし、ゴドルフィンがドバイでの馬の馴致と調教を中止したため、ドバイステーブルズは、アラブ首長国連邦で若いサラブレッドを育成するための唯一の主要調教センターとなっている。

 ハイド調教師は、ドバイステーブルズの環境について、「きわめて快適な施設です。馬房はまったく申し分ありません。空調設備が完備しており、各馬房には扇風機が付けられています。馬房の壁は馬の安全を守るためにクッションが張られています。すべてがすばらしい環境です」と述べている。

 ハイド調教師によると、今年の冬に同調教師が管理した馬は60頭であったが、100を超える馬房、2つの円形運動場および1つの調教馬場を備えているドバイステーブルズは、シーズンによってはシェイク・ハムダン殿下の馬を100頭以上も収容する。同調教師の現在の管理馬は、キーンランド9月1歳馬セリで購買されてアメリカから来た馬であり、これらの馬はドバイ産の馬と一緒に調教を受ける。これらの馬は、シェイク・ハムダン殿下が現地で雇った13人の調教師の内の1人と共にヨーロッパで競走キャリアを開始する予定である。

 シェイク・ハムダン殿下の持ち馬で、アメリカで競走キャリアを開始する若馬の大部分は、サウスカロライナ州にあるカムデン調教センター(Camden Training Center)でボブ・ウィザム(Bob Witham)調教師によって馴致される。

 ハイド調教師は、シェイク・ハムダン殿下がすべての決定をするので、馴致に関する指示はシーズンごとに変わると述べた。過去数年間、1歳馬は、ゴフス社(Goffs)とタタソールズ社(Tattersalls)の1歳馬セリが終わる10月後半または11月中旬にアイルランドからドバイに送られてきてい た。

 ハイド調教師は、「今年のアイルランドの若馬は、成長が早いためヨーロッパで調教を行います。私たちは通常、成長の遅い馬をドバイの日光に当てるためにアイルランドから受け入れています。天候がよいと、馬の肢は急速に成長し、馬は身体的にはるかに早く発育します」と述べている。

 アイルランドで平地競走と障害競走の騎手をしていたハイド調教師は、ケンタッキー州と日本で若馬の馴致と調教を行った経験とカリフォルニア州でイギリス人のジェレミー・ノセダ(Jeremy Noseda)調教師の調教助手をした経験から、調教に関して別の考え方をするようになった。同調教師がドバイステーブルズのために考え出した方法は、自身が学んできた調教法を融合したものである。

 ドバイステーブルズに到着した際の1歳馬の体格や姿勢がどうであろうと、同調教師は調教の開始にあたってすべての馬を、同じように扱うと述べている。

 同調教師は、「私たちは、馴致に関してはすべての馬を同じように扱います。つまり、馬全部を同時に馴致するのです」と述べている。

 若馬は通常、7日間で馴致され、その間に各馬の担当騎乗者は、馬に頭絡を装着し、次に鞍下と腹帯をつける。その後、若馬を両手前で歩かせる。

 ハイド調教師は、次のように述べている。「馬を退屈させないため、毎日新しいことや異なることを行わせます。通常は馴致の開始から7日目に、騎乗者は鞍下を着けて馬に乗り、厩舎の周りを歩かせます。騎乗者が背中に乗ることと、鞍下を着けられることに馬が十分慣れれば、8日目に馬は円形運動場に連れて行かれます。そこで馬に速歩を少し行わせます。この様に馴致することによって、初めて騎乗されたときに感じるおびえを馬から取除き、暴れないようにして、さまざまなばかげたことをするのを防止します。私は、いつも何か新しいことを取り入れたいと思っています。それによって、馬に馴致はおもしろくて楽しいものだと思わせます。また、馬を馴致に集中させ、悪い習慣がつくことのないようにします」。

 「私は、長い手綱を使ったドライビング馴致をしてから騎乗します。これはよい効果をもたらし、1日か2日で馴致できます」。

 1歳馬は馴致が終わった場合、次は速歩走行から始まって、“遅めのキャンター”に進む軽い運動を行います。ハイド調教師は、この時期には調教師の神経の細やかさが重要であると述べている。

 同調教師は、「馬が疲れているときは、調教を緩めます。食餌計画も同じことです。馬の体重が減っているときは、少し多めに飼料を与え、また元気がよすぎるときは、飼料を少なくします。馬は調教馬場に入るまでに十分な調教を受けます。通常、5〜6週間後には調教馬場に入れる状態になります」と述べている。

 1歳から2歳へという年齢の変わり目に調教馬場に入る時期には、馬に安心感を与えるため、ハイド調教師は長い縦列を組んで馬に速歩走行をさせている。その後馬は、2頭か3頭に分けてキャンターをすることになるが、馬の組み合わせ方については、おびえや事故を避けるために細心の注意が払われる。

 調教が進むにつれて、若馬を狭い発馬機に入ることに慣れさせるために多くの時間が費やされる。

 ハイド調教師は、「馬が発馬機に慣れたら、前後の扉を閉めます。次に前扉を開けて馬を飛び出させて、しっかりしたキャンターを十分に行わせます。こうすることで、馬は発馬機からすばやく飛び出すことを覚えます」と述べている。

 しかしながら、ハイド調教師は、「若い2歳馬の調教法は、アメリカ流でもヨーロッパ流でもなく、各馬がヨーロッパやアメリカにいたとすれば必要とされる調教法である」と述べている。実際、今年アメリカのキアラン・マックローリン(Kiaran McLaughlin)調教師に管理される2頭のアメリカ産牝馬に関するハイド調教師の調教計画は、ヨーロッパの調教師のもとで管理される馬に対する調教計画とは若干異なっている。

 ハイド調教師は、「私は、マックローリン調教師が馬をどのように調教したいかを知っていますので、同調教師の希望どおりに馬を調教します。同調教師は、馬に速歩走行を行わせ、両手前に歩かせ、キャンターを行わせ、そして前進気勢を希望します。ヨーロッパの調教師は、必ずしもそれを好みません。馬がリラックスするのを好むのです。アメリカではあらゆることが系統立てられており、キャンターは各馬のメニューにしたがって進められます。一方ヨーロッパでは、傾斜を駆け上り長くて起伏のあるギャロップ走路を走り続けるといった長い学習プロセスがあります。このような調教において、馬がリラックスすればするほど良 いとされます。私たちは、アメリカの馬にはより強い集中力を養わせるようにしています。これはアメリカの馬は大競馬場の施設に入厩し、すぐにさまざまな環境に慣れなければならないためです」と述べている。

 ハイド調教師は、シェイク・ハムダン殿下は自身が所有する若馬に熱心にかかわっていると述べ、「殿下は、馬がどれくらいの調教を行い、またどのレースに出るかといったあらゆることに決定権を持っています」と説明している。

 4月中旬までに若馬の大多数はヨーロッパの調教師のもとに送られる。ハイド調教師はそれらの馬の調教進度を確認するために、馬の後を追ってヨーロッパ中を訪れる。

 同調教師は、「これらの馬をレースに出してすぐに優勝させるという訳にはいきませんが、見込みどおりに実現すればすばらしいことです。馬から教えられたことは、優れた馬は困難を容易に切り抜けるということです。つまり、優れた馬は、問題をあまり持たないように見え、あらゆることを楽々とこなします」と述べている。

 ハイド調教師は、時おり馬っ気を出すところがあったムジャヒドやラフドゥードなど、自身が調教した傑出馬の多くの思い出を懐かしみ、「ラフドゥードは、牝馬として私が今まで見たうちで最大の後躯をしており、同馬の後躯は、どっしりとして、妖艶さが漂っていました。同馬を後ろから見ると、スタミナのあるスプリンターの駆動力を持っているのがすぐに分かりました。私たちは皆、ラフドゥードに強い印象を受けました」と回顧している。

 同調教師がこれまでに管理した模範的な馬には、オーストラリアのG1競走に2回優勝したトーキート(Tawqeet)、ジャパンCをコースレコードで優勝したアルカセット(Alkaased)および2000ギニーとチャンピオンSに優勝したハーフド(Haafhd)がいる。しかし、同調教師の管理馬のうちで最も記憶すべき馬は、イギリスとアラブ首長国連邦のチャンピオン馬になったネイエフ(Nayef)と思われる。同馬は、G1競走に4回優勝し、将来有望な若い種牡馬であり、ドバイステーブルズに嵐のようにやってきて、最初の夜に馬房のドアを2枚壊した。

 ハイド調教師は、次のように述べている。「ネイエフは挑戦的な馬で、馴致する者にとって若干手に負えないところがありました。ある一流の調教騎手は、『ネイエフにはもう乗れません。私を振り落とそうとするのです』と言ったことがあります。同馬は、非常に手ごわく、意志の強い馬でした。しかし、愛すべき馬でもありました。同馬は、厩舎に着いた1日目から自分がチャンピオン馬であることを知っていて、そのことをほかの者に知らしめた馬の1頭でした。同馬は、毅然としてそこに立っており、それは非常に印象的でした」。

By Michele MacDonald

[The Blood-Horse 2008年3月1日「Young Thoroughbred racehorses bloom under the Arabian Gulf sun」]

次号(12号)には「世界の競走馬調教法(香港)」を掲載


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