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海外競馬情報
2008年05月23日  - No.10 - 5

世界の競走馬調教法(連載第3回)(欧州)【その他】


時間をかけて行われるヨーロッパの調教法

 北アメリカでは伝統的に、調教の重点をスピードに置いているが、これは近年何かと批判されている。ヨーロッパでは一般的に、若馬は成長させるために時間をかけて調教されており、速い調教を始めるのは馬が競走に出る準備がほぼできてからである。

 ヨーロッパでは競走距離が多様で、大部分の競走は芝馬場で行われる。なお、イギリスにおいては人工馬場が普及しつつあり、グレートリース競馬場(4月20日開場)には同国で5番目の人工馬場が敷設されている。

 ヨーロッパと北アメリカのもう1つの相違は、北アメリカで使用されている治療薬物がヨーロッパでは厳しく禁止されていることである。ヨーロッパでは競走時以外にも競馬場で定期的な薬物検査が行われている。

イギリス

 イギリスの競馬統括機関である英国競馬統括機構(British Horseracing Authority)は、さらに厳しい措置を講じており、馬の調教において禁止薬物が使用されていないことを確認するために調教師の厩舎における検査を抜き打ちで実施している。

 馬は一般的に、競馬場で調教されることはない。これは調教師が調教センターかその周辺に本拠を置いているか、あるいは自分自身の調教施設を持っているのが普通だからである。

 夜が明ける前のニューマーケット調教場(Newmarket Heath)では、いつもベテランのクライヴ・ブリテン(Clive Brittain)調教師[1985年にペブルス(Pebbles)でブリーダーズカップ・ターフに優勝し、イギリスの調教師として初めてブリーダーズカップ競走で勝鞍を挙げた]が管理馬1頭ごとに調教の指示をしている姿を見かける。

 今年74歳になる同調教師は、「現在、私たちは午前6時に馬を厩舎から出し、7時までにニューマーケット調教場に行きますが、夏は午前5時に馬を出します。馬は暗いほうがリラックスして調教が楽にできる傾向があると思います。私が早い時間に馬を厩舎から出すのは主にこのような理由からです」と説明している。

 10月〜11月に1歳馬の馴致を行うブリテン調教師は、若馬をゆっくり馴致することを好んでいる。同調教師は、次のように述べている。「若馬は、馴致が終わった後に一定の調教プログラムを続けますが、馬が問題を抱えている場合または調教を行うのには早すぎる場合を除いて、原則として馬を牧場に戻すことは しません」

 「春の間に調教を継続し、馬が完全に仕上がってから競馬に出すのが一般的です。早熟な馬については、かける時間がやや少ないのは確かですが、一般的には私たちは必要なだけ多くの時間を調教に費やす傾向があります」。

 2歳馬の出走回数をみると、ヨーロッパでは、大多数が3歳時に出走機会が多くなることを考慮して、北アメリカと比較して少ない傾向がある。また、2歳馬の管骨骨膜炎は、広く見られる疾病であるが、おそらくヨーロッパよりもアメリカの方が多く発症していると思われる。

 ブリテン調教師は、「私は、馬に1,400メートル以上の追い切りをすることはめったにありません。仕上がりに近づいてきたときに、1週間に2回追い切りを行います。仕上がった場合は、追い切りを行った翌日はプール調教を行います」と述べている。

 同調教師のスター牝馬ペブルスは、ニューマーケットにある同調教師の専用調教用プールで主に調教を受けたが、この方法は近年もほとんど変わっていない。同調教師は、「プールなしでは、ペブルスを調教できなかったでしょう。同馬は、慢性的な重症の球節炎にかかっていました。同馬は、追い切りが終わった後の1週間、跛行しましたので、私は同馬を主にプールで調教しました。1週間に2回を超えて同馬をキャンターで走らせることはありませんでした」と述べている。

 ニューマーケット調教場にある優れた施設もブリテン調教師の調教に寄与している。近年多くの全天候型ギャロップ走路(人工馬場)が設置され、これが馬に良い影響を与えたと同調教師は言う。

 「私は、追い切りのために全天候型ギャロップ走路をよく利用します。数年前は今のような全天候型馬場がなく、私たちは芝馬場を利用していました。全天候型馬場の利用によって、故障率は少なくとも3分の1、あるいはもっと減っているかもしれません」。

 同調教師は、管理馬の追い切りを主に坂路で行うが、坂路でのギャロップ走行は800メートルの急勾配の走路や勾配がなだらかな1,800メートルの走路など、さまざまな方法を組み合わせている。ただし、ギャロップ走行の大部分は、上り坂で終え、下り坂は常歩で息を整えるのが普通である。

 管理馬を国際競走に参戦させて成功を収めていることで有名なブリテン調教師は、必要に応じて調教プログラムを調整している。同調教師は、「私たちは、あらゆる距離と種類の調教馬場を持っています。外国に行く場合、実際に競走する馬場に応じて馬の調教を変える必要があります」と説明している。

 給餌方法も長年にわたり試行錯誤してきた。ブリテン調教師は従来、朝の追い切り前に馬に給餌していたが、効果的に摂食させる時間がないことが分かった。そのため同調教師は現在、調教の後に給餌を行い、その後、必要応じて日中に馬に追加の栄養補助飼料を与えている。

 同調教師は、「私は、30年前から使っているスウェーデン製の栄養補助飼料を与えています。さまざまな新しい栄養補助飼料が市場に出回っていますが、馬の味覚がそれらの違いが分かるほど洗練されているとは思えません。効果のある栄養補助飼料を見つけたら、それを使い続けるべきです。馬はいつも食べている物を食べることによって、よい結果を得ることができます」と述べている。

 ブリテン調教師が調教しているギャロップ走路は、ニューマーケットとその周辺で4,500エーカー(約1,800ヘクタール)の土地を管理しているジョッキークラブ・エステーツ社(Jockey Club Estates)によって所有・維持されている。

 サフォーク州にあるニューマーケットでは70人の調教師が2,500頭を超える馬を管理しており、さまざまなギャロップ走路が利用可能である。ジョッ キークラブ(Jockey Club)のもう1つの主要調教センターは、バークシャー州のランボーンにあり、2006年に新たなギャロップ走路を購入するなど、調教施設のために多額 の資金を投資している。

フランス

 フランスの主要な調教センターは、パリの北部に位置するシャンティイにある。この調教センターは、面積1,900ヘクタールで、約2,500頭の馬が調教されている。フランスの南西に位置するポーにも19人の調教師が利用している調教施設がある。フランスの一流調教師の1人であるジャン=クロード・ル ジェ(Jean-Claude Rouget)調教師は、ポーに本拠を置いている。

 ルジェ調教師が管理する2歳馬は、6月まではレースに出ないため、時間をかけて2歳馬を調教している。2歳馬に毎日キャンターを行わせ、レースに備えて追い切り調教を行うのは1週間に1回だけである。同調教師は、1984年に現在の厩舎を手に入れて以降、調教師ランキングの上位を占めており、この調教場で200頭を超える平地競走馬を管理している。同調教師は、1978年に調教師免許を取得したが、初期のころは主に障害競走馬を管理していた。

アイルランド

 アイルランドのダーモット・ウェルド(Dermot Weld)調教師は、数多くの馬を管理し、国際競走に管理馬を参戦させて優れた成功を収めている。同調教師もシーズン初めには若馬のほか、古馬にもゆっくりとした調教を行っている。また、1歳馬の馴致を10月〜11月に行い、成長させるために十分な時間をかけている。同調教師の管理馬で、アメリカの競走で優勝した馬には、1990年のベルモント・ステークスの勝馬ゴーアンドゴー(Go and Go)、最近ではグレイスワロー(Grey Swallow)、ディミトロヴァ(Dimitrova)およびパインダンス(Pine Dance)がいる。

 ウェルド調教師は、「調教師は世界のどこで馬を管理しようとも、自分自身のやり方を貫きます。このやり方は、かなり似ているようですが、必ず若干の差異があります」と述べている。

 同調教師は、獣医師の資格を有し、シーズンが佳境に入るまでに馬を徐々に鍛えるのがよいと確信しており、「ヨーロッパの馬は、北アメリカの馬よりも調教に長い期間をかけられているのが一般的のようです」と説明している。

 同調教師は、アイルランドを本拠に活躍している調教師のうちで最も多い勝利数を挙げ、ローズウェル・ハウス(Rosewell House、ウェルド調教師の厩舎所在地)の達人と呼ばれており、「私の管理馬は、日頃時間をかけて長い距離の調教を受けています。レースに入る前に速い追い切りを開始する時期になるまで、ゆっくりとした調教を長い期間行います」と述べている。

 世界の大多数の国の調教師と同様に、ウェルド調教師はシーズン中、管理馬に1週間に2回追い切りをする。同調教師は、「これは、国が異なってもあまり違わないと思います。異なるのは、シーズンの開始前の時期に、ゆっくりとした調教を長い期間行うことです」と述べている。

 キルデア州のカラ平野に本拠を置くウェルド調教師は、管理馬のヴィンテージクロップ(Vintage Crop)が1993年にメルボルンC(G1)で圧倒的な勝利を果たし、北半球を拠点とする調教師として同競走で初めて優勝した。さらに、2002年にメ ディアパズル(Media Puzzle)で2回目の優勝を飾った。同調教師と馬主のマイケル・スマーフィット(Michael Smurfit)氏にとってメルボルンCでの2度目の優勝は忘れがたく、現在これを題材とした映画の撮影が進められている。

 オーストラリア最大のメルボルンCでのこの優勝は、アイルランドとオーストラリアにおける調教の差異を浮き彫りにした。オーストラリア産の本命馬は前の週にレースに出たが、ヴィンテージクロップは6週間レースに出ていなかったため、地元の競馬専門家は勝馬予想から同馬を事実上除外した。ヨーロッパ調教馬の大多数、とりわけ一流の競走馬にとって、6週間程度の出走間隔をとるのは普通のことである。

 ブリテン調教師と異なり、ウェルド調教師は通常、1日に3回馬に給餌を行っているが、“おそ飯食いの馬(slow eater)”は、4回給餌されることがある。

 ウェルド調教師は、「私は少量の飼料を何度も与えます。栄養補助飼料は与えません。オーソドックスな飼料を変えるつもりはありません。飼料は簡単なものを与えています。そのほうが効果的なのに、どうして勝利の方程式を変える必要がありましょうか?」と述べている。

By Mark Popham

[The Blood-Horse 3月1日「Most European trainers bring their charges along slowly, allowing youngsters plenty of time to develop」]

次号(第11号)には「世界の競走馬調教法(ドバイ)」を掲載


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