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TOPページ > 海外競馬ニュース > ホルヘ・リカルド騎手が世界最多勝記録を更新(ブラジル・アルゼンチン)[その他]
海外競馬ニュース
2018年02月15日  - No.6 - 1

ホルヘ・リカルド騎手が世界最多勝記録を更新(ブラジル・アルゼンチン)[その他]


 ブラジルの"レジェンド"であるホルヘ・リカルド(Jorge Ricardo)騎手(56歳)は2月5日、故郷のリオデジャネイロで勝利を挙げ、これまでの世界最多勝記録に並んだ。そして2日後の2月7日、サンイシドロ競馬場(ブエノスアイレス郊外)でその驚くべき騎手生活において待ち望んだ1万2,845勝目を挙げた。

 リカルド騎手は、この日の第4競走(ダート1600m)でホープグローリー(Hope Glory アルフレド・メンディエタ厩舎)とコンビを組み、積極的に逃げて2着馬に½馬身差でゴール板を駆け抜けた。これにより、最大のライバルで2016年6月に通算1万2,844勝で現役を引退した米国人ラッセル・ベイズ(Russell Baze)騎手の記録を破った。

 "リカルジーニョ(Ricardinho 小さいリカルド)"の愛称で知られるリカルド騎手は、1976年11月に初勝利を挙げた。世界最多勝記録を再び打ち立てることを騎手生活の最大の目標としていたが、近年は深刻な病気と怪我に悩まされてその達成を阻まれていた。


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ホルヘ・リカルドはどのような騎手か

 ブラジルのスポーツマンは、"ガリンシャ(小鳥)"、"ペレ"、"ロナウド"、"ロナウジーニョ"などニックネームが大好きだ。これらの有名サッカー選手の愛称は、その卓越した才能のおかげで、すぐに国境を越えて親しまれるようになった。しかし彼らの同国人"リカルジーニョ"の場合は、南米以外においてはほんの小さな記事で語られるようになるにも長い歳月が必要だった。

 ブラジル人騎手ホルヘ・リカルドは、故郷では"レジェンド"である。15歳で見習騎手としてキャリアを開始した。1976年11月にはガベア競馬場(リオのシンボルであるキリスト像の陰の地区にあることで有名)で元騎手の父アントニオが管理する馬で初勝利を挙げた(2人の叔父も元騎手)。それは長く続くキャリアの第一歩だった。リカルド騎手は30年近くブラジルを拠点にし、数千勝を挙げた。

 リオデジャネイロのリーディングジョッキーのトロフィーに名前を刻む職人は、シーズン初日に"J・リカルド"と刻んだとしても、何のリスクも負わなかっただろう。リカルド騎手は26年連続でリーディングに輝いたのだ。1シーズン400勝以上を挙げることもしばしばで、G1も多く制した。また、南米大陸の最高レベルのレース、ラテンアメリカ大賞(G1)を5勝している。他にこの競走を3勝以上している騎手はいない。

 1994年には凱旋門賞(G1)に南米の強豪馬マッチベター(Much Better)で臨んだが、カーネギー(Carnegie)の14着に敗れた。リカルド騎手は南米以外はもちろんブラジル以外でもほとんど騎乗する機会がなく、その輝かしい成績は国際的には注目されていなかった。しかし、2006年夏にブエノスアイレスに拠点を移し、世界最多勝を達成したとき、その偉業は広く知られるようになった。

 リカルド騎手は2006年2月、勝利を量産するラッセル・ベイズ騎手の記録を超える9,591勝を達成し、世界最多勝記録を塗り替えたのだ。当時リカルド騎手は本紙にこう言った。「世界記録を樹立することはとても重要でした。なぜなら、それについて長年考え、ウィニングモスト(winningmost)になるために懸命に騎乗してきたからです」。

 「世界記録を樹立することは、何事にもたとえ難いとてつもない喜びです。競馬場で拍手喝采が起きたことを、私は一生忘れないでしょう。それに記録を塗り替えれば、世界がそれまでほとんど意識してこなかった南米競馬に注目するだろうと期待していました」。

 その後数年間、リカルド騎手は米国のベイズ騎手(2016年6月に引退)と大陸を越えて競り合った。世界記録の保持者は何度か交代した。故郷のリオで26回リーディングに輝いていたリカルド騎手は、アルゼンチンに拠点を移し、2008年1月に通算1万勝を達成した。

 ところが2009年、リカルド騎手はベイズ騎手に大きな差をつけて首位に立っていたが、リンパ腫に冒され6ヵ月間の闘病を余儀なくされ、そのアドバンテージはみるみるうちに無くなった。2013年9月、リカルド騎手は復帰を果たしゆっくりとしたペースで勝利を上げていた。しかし今度はゾッとするような落馬事故に遭い、肩と顎を骨折して騎乗回数を減らすことを余儀なくされた。そして2016年12月にはブエノスアイレスのパレルモ競馬場で落馬して左の大腿骨を骨折し、2017年も10ヵ月間戦線離脱を余儀なくされた。

 たびたび尊敬の念を伝え合っていたリカルドと殿堂入り騎手のベイズは、2度ほど顔を合わせることがあった。2人は2008年にシャーガーカップで騎乗したが、皮肉なことに、一勝も挙げられなかった。そして2人は2014年9月、クリスタル競馬場(ブラジルのポルトアレグレ)の5レースからなるポイントシリーズで再び対戦した(リカルド騎手が勝利)。リオグランデドスル・ジョッキークラブの実況アナウンサーのエアトン・バルナスケ(Airton Barnasque)氏はこう言った。「私たちの目の前に、サッカー選手のリオネル・メッシとクリスチアーノ・ロナウドが一緒に現れたようなものです」。


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By Nicholas Godfrey

(関連記事)海外競馬ニュース 2007年No.5「騎手の勝利度数の国際記録(アメリカ)

[Racing Post 2018年2月7日「Watch Jorge Ricardo break the world record for career wins」]


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