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TOPページ > 海外競馬ニュース > ジミー・フォーチュン騎手が引退(イギリス)[その他]
海外競馬ニュース
2017年10月26日  - No.42 - 3

ジミー・フォーチュン騎手が引退(イギリス)[その他]


 ジミー・フォーチュン(Jimmy Fortune)騎手(45歳)は、10月7日のサンチャリオットS(G1)において、かつて所属したジョン・ゴスデン(John Gosden)厩舎の単勝21倍のナスラ(Nathra)に騎乗して3着に健闘した。そしてこのレースを最後に、G1・16勝を含む通算1,800勝以上を挙げた騎手生活に終止符を打った。

 観客は勝馬よりもフォーチュン騎手に拍手を送っていた。ナスラに乗って引き上げてきた同騎手は、その様子に感極まっているようだった。「検量室を去るのは寂しいです。ずっと騎手を続けたいのですが、現実的にならなければなりません。それでも簡単には決断できませんでした」。

 フォーチュン騎手は背中の状態が思わしくなく、このまま騎手は続けられないと感じていた。今後は十代の息子2人と一緒に不動産業を始める予定であり、こう述べた。「ずいぶん前から不動産業に関心を持っていました。何とかこの事業を成功させたいです。しかし、それでもやはり競馬は私の一部ですので、競馬界とは関わりをもち続けるつもりです」。

 同騎手は、まだ5ポンド(約2.27kg)の減量制度を受ける見習騎手だった頃、1989年エアゴールドカップを単勝51倍のジョヴワース(Joveworth)で制し、頭角をあらわした。また馬主ロバート・サングスター(Robert Sangster)氏との契約1年目の1998年に、レーシングポストトロフィー(G1)をコマンダーコリンズ(Commander Collins)で制し、G1初勝利を挙げた。

 フォーチュン騎手は10月7日の朝に引退を認め、こう語った。「この春、ニューベリ競馬場で背中を負傷したことで騎乗機会が減っていました。それがこの決断に至った要因です。しかし、騎手として素晴らしい時間を過ごせたので、そのことだけに目を向けたいと思います」。

 「立派なキャリアを築くことができましたが、少し前から引退を考えていました。今日のG1レースでは、恩師であるゴスデン調教師の馬に乗るので、最後とするのにふさわしいレースだと思いました」。

 フォーチュン騎手とゴスデン調教師はコンビを組み、実りの多い年月を過ごした。2007年にはルカルノ(Lucarno)でセントレジャーS(G1)を制し、唯一のクラシック勝利を果たした。このほかにも多くのG1優勝を果たし、ナンニナ(Nannina)ではフィリーズマイル(G1)とコロネーションS(G1)、レイヴンズパス(Raven's Pass)ではクイーンエリザベス2世S(G1)、オアシスドリーム(Oasis Dream)ではミドルパークS(G1)、ダーレミ(Dar Re Mi)ではプリティポリーS(G1)とヨークシャーオークス(G1)を制した。なお、ダーレミは2009年ヴェルメイユ賞(G1)で失格となり、その裁決には議論が巻き起こった。

 フォーチュン騎手は他にも、ゴスデン厩舎のスリーピングインディアン(Sleeping Indian)でハンガーフォードS(G3)とチャレンジS(G2)などを制した。同馬はG1馬ではなかったが、特別な1頭であった。

 同騎手は最近では、ブライアン・ミーハン(Brian Meehan)調教師やアンドリュー・ボールディング(Andrew Balding)調教師とコンビを組むようになった。そして昨年、ミーハン厩舎のスパークプラグ(Spark Plug)でケンブリッジシャーSを制し、ボールディング厩舎のトゥッリウス(Tullius)でダイオメドS(G3)を制した。

 フォーチュン騎手はこう続けた。「私を競馬界に引き入れてくれたマイク・オニール(Mike O'Neill)調教師(ジョヴワースを管理)には感謝しています。彼なしではここまで来れなかったでしょう。エージェントのトニー・ヒンド(Tony Hind)氏にも感謝します。25年間、騎乗馬を集めてくれて素晴らしい仕事をしてくれました。彼が担当した騎手の中でリーディングジョッキーにならなかったのは私だけではないでしょうか」。

 「トップトレーナーやトップオーナーと素晴らしい時間を過ごせたのは光栄なことでした。見習騎手のときからルカ・クマーニ(Luca Cumani)調教師、そしてデヴィッド・バロン(David Barron)調教師が支えてくれました。また、キーレン・ファロン騎手の後に、ラムスデン家(Ramsdens)と契約を交わすことができました。その後、ピーター・チャプル-ハイアム(Peter Chapple-Hyam)調教師に多くの馬を預託していた故ロバート・サングスター氏と契約することができ、素晴らしい時期を過ごすことができました」。

 「全盛期を迎えていたポール・コール(Paul Cole)調教師の管理馬にも騎乗しました。そしてゴスデン調教師とコンビを組んだ7年間は実り多いものでした。また、ミーハン調教師やボールディング調教師ともとても良い時を過ごしました。他にもヒューイ・モリソン(Hughie Morrison)調教師、ハノン親子(Hannons)など沢山の方々にお世話になりました。皆様に感謝しています」。

 フォーチュン騎手にとってとりわけ大きな快挙は、ルカルノでセントレジャーS(ドンカスター競馬場)を制したことである。しかし、多くの注目される勝利を挙げたのはロイヤルアスコット開催においてであった。

 同騎手はこう振り返った。「騎手生活において最高の1週間となったのは、2007年のロイヤルアスコット開催週です。5勝して同開催のトップジョッキーになりました。ナンニナでウィンザーフォレストS(G2)、ウィンカーワトソン(Winker Watson)でノーフォークS(G2)、ロイヤルオース(Royal Oath)でロイヤルハントカップ、タリク(Tariq)でジャージーS(G3)、フルハウス(Full House)でアスコットSを制しました。また、2006年のロイヤルアスコット開催では、ナンニナでコロネーションS、バルティックキング(Baltic King)でウォーキンガムSを制しました」。

 「騎手生活において最高の日もアスコット競馬場で迎えました。それはレインボーヴュー(Rainbow View)でフィリーズマイル、レイヴンズパスでクイーンエリザベス2世Sを制した2008年9月27日です」。


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By Graham Dench

[Racing Post 2017年10月8日「Popular jockey Fortune calls time on distinguished career」]


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